第六話 母の偉大さ
全身が痛む。山菜や、きのこを入れたカゴを抱えるのも一苦労だ。
実戦とはやはり体へかかる負担が大きい。
何よりも初めて戦う魔物に緊張した。そして、高揚した。
やはり命をかけた戦いにこそ、拙者は生きているという生を感じられる。
そして、柚花を守ることができた。
それは拙者の誇りだ。
魔は、己の力だと認識しながらも生き物に振るったのは初めてだった。
魔刀が上手く使えてよかった。
だが、思った以上に肉体と精神にかかる負担が大きい。
街の中を歩いていても、普段感じる嫌な視線を気にしない。
これは自分に自信がついたからだ。
男であることを隠すために、普段ならほっかぶりを深く被って顔を隠す。
だが、今は何も気にすることなく帰りたい。
長屋にたどり着いて家の戸を開けた瞬間、柚花の泣きそうな声が響いた。
「兄上!」
駆け寄ってきた小さな体を、拙者は受け止める。
体を震わせていたが、それでも柚花は泣かずにちゃんと待っていた。
家に帰り着いてくれていてよかった。
最後まで、拙者を信じてくれた証でござる。
「無事で……よかった……!」
「うむ。拙者は、生きて帰ってきたでござるよ。心配をかけてすまぬ」
母上が玄関に立っていた。柚花が帰ってきて拙者を残したことを伝えたのだろう。
拙者を見て目を見開いた。そして、何も言わずに、抱きしめてくれた。
「よくぞ無事で。そして、柚花を守ってくれてありがとう」
抱きしめながら、耳元で囁かれた言葉に胸が熱くなる。
母の手は温かく、そして震えていた。
「よかった……ほんとうに……生きて帰ってきてくれて……さぁ、食事にしましょう」
母は拙者を労うように居間に通して、取ってきた山菜ときのこで汁物や粥を作ってくれた。腹一杯に食事をする。
初陣を終えて、緊張が解けたからか、お腹が空いていた。
「柚花、刃、ありがとう。とても美味しいわ」
「兄上と取ってきたのです!」
母上の感謝に、柚花が自慢する。
だが、二人から拙者に向けられる視線は、心配だけではない。
問いかけたい気持ちを押し殺す、もどかしい視線だった
食事の片付けを終えて、二人がいよいよ我慢できなくなったのか、柚花が問いかけてきた。
「あのとき、兄上の竹刀が……黒い刀に、なっていたのです。あれはなんなのですか?」
拙者は、思わず息を止めた。
柚花は見ていたのだ。問いかけられても仕方ない。
だが、母上は取り乱すことなく、そっと口を開いた。
「……魔刀」
まさか、母上の口から魔刀が口にされるとは思ってもみなかった。
「母上!」
「……まさか、刃。あなたが魔刀を使えるようになっているとは思いもしませんでした。柚花、魔刀とは侍が持つ鬼を討つ刀のことです」
侍が持つ、鬼を討つ刀。
拙者は知らなんだ。だが、母上はそれを知っている。
つまり、この世界で、あの魔刀は、戦いに使うべき力として昇華された力なのだ。
「母上、どうしてそれを?」
母上は、茶を一口含み、それから静かに語り出す。
「子を孕める女子だけに許された力です。魔を受け入れることで、体内に取り込み、力に変えるのです。それを男である刃が成した。それが出来た男は和国ではおりません」
ゴクリ、拙者は自分が成したことが如何なことなのか理解していなかった。
「魔を取り込むのですか?」
柚花が、次いで母に問いかける。
「そうです。この国には昔から、魔と呼ばれる存在がどこにでも存在します。目に見えませんが、風のように漂い、死と負の感情に反応して、この世に満ちています……ときに、誰かの想いに引き寄せられて形を成す」
柚花は黙って耳を傾ける。
「死や強い欲は、魔を引き寄せる。悲しみ、怒り、願い、そういった感情に応えて、魔は生き物へと忍び寄るのです」
「それって……怖いもの、なのですか?」
柚花は、体を震わせながらも挑むような強い眼差しで母を見ていた。
「ええ。でも、すべてが悪ではないのです。魔は、力でもあるのです。柚花、あなたに欲はありますか? その気持ちが強ければ強いほど、強い魔があなたの元に訪れます。そして、その力を己が物と出来たなら、あなたは強い侍になれるでしょう」
母上の目が、柚花に向けられる。
「そして……女性は、魔を取り込んで体の中で巡らせ、制御する術を持っています。魔力として外へ放つこともできるようになります。だからこそ、和の国では女しか侍や巫女になれぬのです」
「じゃあ、男は……?」
拙者はつい、口を開いてしまった。そこで、母の声が静かに落ちた。
「男は女よりも欲が強いと言われている……。それ故に制御できぬほどの魔を引き寄せる。男は体内で魔をうまく循環させられないのです。溜まった魔はやがて溢れ、鬼となる。だから、男が剣を握るのは鬼に堕ちる兆しだと、恐れられているのです」
柚花の瞳が揺れた。
ようやく理解が追いついたらしい。
拙者が使った力が、破滅へ向かう力であることを。
母は、そっと拙者の手を取り、指を撫でるように握った。
「刃、剣の稽古をしているのですね?」
「……はい」
「強くなりたいという思い。そして、刃が家族を守ろうとしていることは知っていました。その強い心に魔が宿った」
いつもは病弱で辛い顔をしている母が、今はとても大きく見えた。
その瞳で見つめられて、拙者は頷くことしかできなかった。
「そうです」
「貴方の中に棲まう魔は、あなたの精神で閉じ込められている。だが、それがいつ溢れ出して暴走するのかわからない。剣を振るう意味を、考えてください」
「……いつからご存じだったのですか?」
母はずっと気づいていたんだ。
「あなたが竹林に向かった五歳の頃からです。そして、魔に取り込まれた七歳の頃、もしもあなたが鬼になるならば、私はあなたを斬るつもりでした」
ずっと、母上は見守ってくれていたのだ。
そして、魔を取り込んだことを知りながら、守ってくれていた。
母の偉大さに頭が下がる。
「この秘密は、家族三人だけのものです。外には決して漏らしてはなりません。そして、柚花」
「はい!」
「もしも、刃が鬼に落ちる時は、あなたの手で兄を討つのです」
母の覚悟、そして、拙者への強い思いが伝わってくる。
叶わぬ。
母は強い。
「……兄上は、鬼にはならないですよね?」
柚花が心配そうに尋ねた。
「ならぬ。拙者は、剣に溺れぬ。心が折れぬ限り、魔にも喰われはしない」
拙者は、宣言した。
しかし、告げねばならぬ。
「しかし、もしもの時は頼む。柚花、拙者を斬ってくれ」
家族としての覚悟を、母が示してくれたのなら、拙者は妹に重い重責を頼まねばならぬ。
未知の力を知らぬまま使った代償は大きい。
そして、拙者は剣術以外の、魔について知らねばならぬ。
「わっ、わかりました! 柚花は強くなって、兄上が鬼になった時には斬ります」
瞳に涙をいっぱい溜めて、柚花は誓ってくれる。
ああ、本当に家族とは良きものだ。
絶対に鬼になどなってやるものか、もしもその時が来たなら、妹に斬られるわけにはいかぬ。
自分で……。
「……ありがとう。今日も、無事に帰ってきてくれて。二人ともどうか健やかに」
母が拙者たちを抱き締めてくれる。
この手を離さぬ限り、拙者は剣と共に、家族と共に、生きていける。
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あとがき
どうも作者のイコです。
まずは、序章でした。
家族愛をテーマにしてみました。
第一章からは、世界観を広げていこうと思います。
フォロー、♡いいね、⭐︎レビュー、お待ちしております!
どうぞ今後もよろしくお願いします(๑>◡<๑)
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