第二話:すれ違う心、そして接近
「嘘告白」の一件以来、学校に行くのが憂鬱だった。クラスに入ると、感じるのは嘲笑と好奇の視線ばかり。特に、凛音と顔を合わせるのが気まずくて、いつも視線を逸らしていた。彼女も、きっと俺のことを見たくないだろう。俺が傷つくのは自業自得だ。鳳凰院たちにけしかけられたとはいえ、結局は俺が凛音を巻き込んで、彼女を不快にさせたのだから。
昼休み、クラスの騒がしさから逃れるように、俺はいつもの図書室へ向かった。誰もいない静かな場所で、心ゆくまで本の世界に浸りたかった。古びた書架の間を縫って、奥の読書スペースへ足を踏み入れた時、俺は目を疑った。
そこにいたのは、月島凛音だった。
彼女は、いつも完璧にセットされた髪も乱れ、制服のブラウスも少しシワになっていた。そして、顔を本に伏せて、肩を震わせている。よく見ると、彼女の頬には涙の跡があった。
まさか、あの月島凛音が、こんな場所で、一人で泣いているなんて。俺の知っている「月島凛音」とは、あまりにもかけ離れた姿だった。俺は、咄嗟に隠れようとしたが、もう遅かった。凛音が顔を上げた。
彼女は、俺の姿を見て、一瞬ギョッとしたように目を見開いた。そして、慌てて涙を拭い、無理に笑顔を作ろうとする。
「あ、天野くん…? なんでここに…?」
俺は言葉を選びながら、ゆっくりと近づいた。
「えっと…いつもの、図書室だから…」
凛音は気まずそうに目を伏せた。
「そっか…そうだよね。ごめん、なんか変なところ見せちゃった」
彼女の声は、か細く震えていた。俺は、普段の彼女からは想像もできないほど、傷つき、疲弊している彼女の姿に、胸が締め付けられた。俺の「嘘告白」のせいで、彼女を傷つけてしまったのではないか。その罪悪感が、俺の心を大きく揺さぶった。
「あの…大丈夫、ですか?」
俺の問いに、凛音は首を横に振った。そして、堰を切ったように話し始めた。
「…私、本当は、いつもこんなんじゃないの。みんなの前では、明るくしてなきゃいけないって、そう思ってるだけで…。鳳凰院くんたちも、最近、私にまで変なこと押し付けてくるし…私、もう、疲れちゃった…」
彼女の言葉に、俺はただ耳を傾けた。彼女が抱える苦悩は、俺の想像を遥かに超えていた。彼女は、クラスの人気者である「ギャル」という役割を演じ続けて、一人で耐えていたのだ。俺は、不器用ながらも、彼女の背中にそっと手を伸ばし、優しくさすった。
「…話してくれて、ありがとうございます。俺は…月島さんのこと、もっと知りたいです」
俺の言葉に、凛音は驚いたように顔を上げた。その瞳には、まだ涙の跡が残っていたが、少しだけ、安堵の色が見えた気がした。この日を境に、俺と凛音の間には、少しずつ会話が生まれるようになった。放課後、誰もいない図書室で、俺たちは互いの本音を語り合った。凛音は、俺の知らない一面をたくさん見せてくれた。彼女の本当の優しさや、繊細さ。俺は、彼女への気持ちが、「憧れ」から、もっと深く、本物の「好き」へと変わっていくのを感じていた。
鳳凰院隼人は、俺と凛音が接近していることに気づき、さらに面白がって俺をからかうようになった。
「おい天野、最近、月島と仲いいじゃねえか。まさか、あの嘘告白が功を奏したとか? どんだけ懲りないんだよ、お前」
俺は隼人の言葉に何も言えなかったが、凛音がすっと俺の前に出た。
「鳳凰院くん! もうやめてよ、天野くんには関係ないでしょ!」
凛音の強い言葉に、隼人は一瞬目を丸くしたが、すぐにニヤリと笑った。
「へえ? 月島も、まさかあの陰キャに肩入れしちゃうなんてね。面白いことになってきたじゃん」
そう言って隼人は去っていった。凛音は俺をかばい始め、隼人との間に溝ができ始めているのが、俺にはわかった。
******
「嘘告白」の一件以来、天野くんと顔を合わせるのが気まずかった。彼が教室の隅で小さくなっているのを見るたび、胸が痛んだ。本当は彼を傷つけたくなかったのに、鳳凰院くんたちの悪意に何も言えなかった自分が情けなかった。
放課後、私はいつもの賑やかな場所から逃れるように、図書室へ向かった。誰にも見られずに、一人になりたかった。最近、鳳凰院くんたちの「いじり」がエスカレートしていて、私も疲弊していた。明るい「月島凛音」を演じ続けることに、限界を感じていたのだ。本の影に身を隠し、私はこっそりと涙を流していた。
その時、突然、人の気配がした。顔を上げると、そこにいたのは、まさかの天野碧生くんだった。彼は、いつものように本を抱えて、少し驚いた顔で立っていた。
「あ、天野くん…? なんでここに…?」
咄嗟に涙を拭い、笑顔を作ろうとしたが、うまくいかない。彼の前で、こんな弱い自分を見せてしまうなんて。
「えっと…いつもの、図書室だから…」
彼は優しい声でそう言った。そして、ゆっくりと私に近づいてきた。私は、彼の優しさに触れて、さらに涙が溢れそうになった。
「…私、本当は、いつもこんなんじゃないの。みんなの前では、明るくしてなきゃいけないって、そう思ってるだけで…。鳳凰院くんたちも、最近、私にまで変なこと押し付けてくるし…私、もう、疲れちゃった…」
一度口を開くと、止まらなかった。誰にも言えずに抱え込んでいた苦しみが、一気に溢れ出した。彼は何も言わず、ただ私の話を聞いてくれた。そして、震える私の背中に、そっと手を置いてくれた。その温かい手に、どれだけ救われたことか。
「…話してくれて、ありがとうございます。俺は…月島さんのこと、もっと知りたいです」
彼の言葉に、私は驚いた。彼は、私を「ギャル」としてではなく、一人の人間として見てくれている。私の弱さを受け止めてくれる。それは、私がずっと求めていたものだったのかもしれない。
それから、私たちは図書室で会うようになった。天野くんは、私の話を真剣に聞いてくれた。私の好きなこと、嫌いなこと、悩んでいること。今まで誰にも言えなかったことを、彼には話すことができた。彼の口数は少ないけれど、いつも私を理解しようとしてくれているのが伝わった。
私は、天野くんが思っていたよりもずっと、芯の強い、優しい人だと知った。彼の「嘘告白」の真実を知ってからは、むしろ彼に申し訳ない気持ちでいっぱいになった。彼を巻き込んでしまったのは、私にも責任があったから。
鳳凰院くんは、私と天野くんが仲良くなっていることに気づき、相変わらず天野くんをからかっていた。
「おい月島、最近、あの陰キャと仲いいじゃん。まさか、本気になっちゃったとか? ダサいことすんなよな、お前」
鳳凰院くんの言葉に、私は怒りがこみ上げた。もう黙っていられなかった。
「もうやめてよ、鳳凰院くん! 天野くんには関係ないでしょ!」
私は初めて、鳳凰院くんに反論した。彼は驚いた顔をしていたが、すぐに鼻で笑った。
「ふうん。月島も変わったね。面白いことになりそうだ」
そう言って彼は去っていった。鳳凰院くんとの間に、目に見えない壁ができていくのを感じた。でも、それは私にとって、悪いことではなかった。
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