5.黒焔
顔も知らない人物と会うのに、
ふかふかした長椅子に
「やあ、初めまして、かな。どちらが
年齢は暁よりも二つ三つ上だろうか。顔つきはなかなか整っているが、鳶色の瞳が切れ長と称するには鋭すぎて、いかにも曲者な印象を与える。
「あんたが黒焔?」
「いや、コクエンじゃなくてブラックフレイムって読むんだけど。……まあ、ここでアカウント名ってのもおかしいでしょ。
そうなんだ、と曜子が小さく呟く。彼女もずっとコクエンさんと呼んでいたから、読み方までは知らなかったらしい。
素直に名乗られてしまっては仕方がないので、昴も手短に自分と曜子を紹介した。
「こっちが曜子、あんたの言う七曜。オレは昴。保護者」
「よろしく。それにしても、どんなゲームでもランキング上位に食い込んでくるあの七曜が、まさかこんなに可愛らしいお嬢さんだったなんてね。曜子ちゃんでいい? 今いくつ?」
「じ、14……、です。あの」
「ああ、ごめんね、怖がらせるつもりはなくて。しかし、こんな風に直接話ができるなんて、光栄だな」
にこにこと人懐っこい笑顔を浮かべたまま、次々に溢れる美辞麗句で曜子を褒めちぎる時雨。まったく面白くない昴は強引にその話題を断ち切り、前置きもなしに本題を持ちかける。
「あんた、曜子ほどじゃねぇけど、あちこちのゲームの常連らしいな。そういう連中の中で、ゲームにハマり過ぎて日常生活に支障をきたしてる奴の話を知らねぇか?」
問い詰めるような口調になった昴に対し、時雨はなぜか納得したような顔で、なるほど、と呟いた。
「今更だけど、九重財閥のお嬢さんだよね?」
「オレは男だ。お嬢さんじゃねぇ」
「じゃあ、昴くん、かな。ええと、君は
「は?」
「時雨さん、その話やめた方がいいかも」
「ああ、やっぱり曜子ちゃんもそっちの人か。じゃあデマか、あの記事」
「なんだよ、二人だけで。説明しろ」
「ダメ。絶対ダメ。暁が可哀想すぎる」
ふるふると結った髪を揺らして頑なに拒否する曜子。おそらくネット上に根も葉もない噂があり、彼女と時雨の間では共通認識となっているのだろう。ひとまず本題とは関係なさそうなので、問い詰めたい気持ちを堪えて昴も黙る。立ちっぱなしだった時雨は店員へコーヒーを3つ頼み、ようやく二人の向かいへ腰を下ろした。
「オーケイ、なんとなく君たちの関係は把握したよ。八重不動産で起きてる不審な出来事は僕も違う場所から情報を得ていて、君たちの場合は八重暁氏から聞いたんだろうって推測しただけさ。これで良い?」
「……曜子、なんだかよくわからねぇが、その変な噂は消しといてくれよ、この前みたいに」
「ちょっと無理かな……。昴が、昴を女の子だって噂してる帝大生を端から懲らしめていくようなものだよ」
数が多すぎて手が回らない、ということらしい。頭が痛くなりそうだが、一旦それは置いておくことにして、昴は時雨に向き直る。
「暁の話じゃあまり外部に漏らしたくないようだったが、あんた、その話はどこで聞いたんだ? ネットじゃねぇんだろ?」
「情報源を明かすことはできないな、守秘義務があるから」
「そっちだけ特定しておいて今更何言ってやがる」
「確かに、フェアじゃない。えーと、ここまでなら教えてあげられるけど」
コートの首元に手を入れ、銀色に光る鎖を引っ張り出す時雨。その先には、宝石のついた重厚なメダルが下がっている。昴はピンと来なかったが、曜子は目を丸くした。
「アウロラ教のメダル。時雨さん、司教様なの?」
「内緒だよ? 今日はオフなんだけど、喫茶店で息抜きしてるだけで叩かれることもあるからさ」
「曜子、それだとなんか説明になるのか?」
「あ、そうだね。私も実際に行ったことはないんだけど、アウロラ教の教会には司教様が個別で悩みを聞いてくださる部屋があるんだって。でしょ? 時雨さん」
鎖をしまった時雨がうなずく。
「悩める者にとっては、大陸産のよくわからない宗教でも助けてくれれば恩の字だろうからねぇ。日頃から地域のゴミ拾いとかには参加してたから、その成果かな?」
「そんな話はどうでもいいけどよ……」
ゲーム漬けになってしまった社員の家族や友人が、他に相談するあてもなく教会に打ち明けた、ということなのだろう。運ばれてきたコーヒーに悠々と口をつけ、時雨は微笑んだ。
「補足するなら、最近いろんなゲームで知らないプレイヤーから挑戦を受けることは増えたかな。で、相手の情報見ると登録日が最近なのにプレイ時間が異常に長くて、徹夜でやってるのかな、みたいな。曜子ちゃんの方には来ない?」
「……来てた、けど」
「お前も一日中ゲームしてるから気づかなかったんだろ」
同類である。
「……違うんだから。プレイ時間短いのに強すぎる時雨さんがおかしいんだよ。本来あのランク帯は廃人ばっかなんだから……」
なにやら言い訳を続ける曜子のつむじから目を離し、昴は時雨に向き直る。
「あんたのことは曜子から、ネットの情報で知らないことはないって聞いてきてる。そのあんたが知ってることがそれだけってんなら、これはほんとに八重不動産の中でだけ起きてる事件ってことと見ていいんだな?」
時雨は鋭い目をきゅっと曲げ、人好きのする笑顔を浮かべる。他者を諭し導く聖職者というより、一流の詐欺師のような男だ、と昴は思う。
「異論無し、だ。ついでにもうひとつ、全員ではないけれど、複数の相談者から同じ証言があってね。どうやら無断欠勤をするほどゲームにどっぷり浸かってしまったプレイヤーたちは、何か薬を服用しているようなんだ」
「薬……?」
「そう、理性を飛ばす怖ぁい薬さ。服用すれば何も考えられなくなって、大好きなゲームだけ延々とやり続けてしまうような、ね」
昴たちが思わず息を呑むのに対し、何がおかしいのか時雨は笑みを崩さない。それはどこか他者を見下すような、冷たい表情だった。
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