第16話 早く魔王様へ報告せねば(側近視点)

 夜明け前の森。まだ霧が晴れきらぬ中、魔王の“側近”と呼ばれる男は、再び姿を現していた。


 傍らには、淡々とした表情の女が一人。


「……まだ視察するの?」


「当然だ。ギリギリまで見届けねばならん」


 側近の視線の先、野営地では例の“雑用係”──ケイルが、ひとり黙々と準備を進めていた。


 火を整え、水を汲み、荷を並べ直し──そして。



「……あれは……何をしている?」



 ケイルが拾い集めた小石を、等間隔に並べはじめたのだ。野営地の周囲、円を描くように。


「……まさか……」


 側近が、ごくりと喉を鳴らす。


「結界か?」


「いや、違うと思う」


「だが見ろ。あの緻密な間隔、交差角、置き方のリズム……」


「いや、違うと思う」


 女の声が三割増しで乾いているが、側近は真剣そのものだった。



「……焚き火を、見てるな」



 側近が小声で呟く。全神経を集中している。すでにこの任務、彼の精神を削っていた。


 焚き火の前では、ケイルが小枝を一本持ち、薪の角度を数ミリだけ、ずらした。


──それだけだった。



「……バカな……!!」



 側近の目が、見開かれた。



「……あれで……世界の均衡が取れた……だと……!?」


「取れてないから。バランス調整とか起きてないから。薪ズラしただけだから」


 女がツッコむが、もう側近には届いていない。



 そのとき、ケイルは袋から白い粉を取り出し、小石の脇にふりかけた。



「──今のは……聖灰、か?」


「そうだね、食塩だね。どう見ても虫除けだよ」



「……見たか、あの聖なる灰が、一粒だけ浮き上がった瞬間を……」


「はいはい、そうね。」


「あれは、“死者の魂”が昇華した兆候だ……!」


「塩が舞っただけだよ!?“死者”ってどこから来たの!?誰殺したの!?」


「そうか……奴は、見えない“死”を、燃やしていたのか……!」


「やめて!!!概念を焼くな!!!頭の中身どうなってんの!!!」



 その時、ケイルが立ち上がった。


 風が止まった。


 空が黙った。


 大地が、ケイルを中心に、静かに屈服した。


「まずい……起動した……!」


「起動って何!?なにが!?何の!?ただ立っただけでしょ!?」



ケイルは空を見上げて、ぽつりと呟いた。


「……今日の風は、優しいな……」


 その瞬間、雲が割れ、風が吹いた。



「従ったァアアアアアア!!!」


 側近が土を掴んで絶叫。


「今、天候が従ったぞ!? こいつ、気象と意思疎通してる!!天地創造レベルかもしれん!!」


「たまたまだよ!!雲ってそういうもんだよ!!!お願いだから静かにして!!」


 女はもう地面に座り込んでいた。



 ケイルがふと、鍋のフタをそっと閉じた。


「……終わった……」


「なにが!?なにが終わったの!?本当に“終末”を迎えたみたいな顔するのやめて!!!」


 側近は立ち上がった。手は震えている。口元には、笑みすら浮かび始めていた。



「 もうこの次元は限界だ……!撤退するぞ!!」


 側近は女の手を引こうとしたが──女はその手をパシンと弾いた。


 

「……一人で報告してきなさいよ」


「お前、正気か!? このまま放っておけば、魔王軍が死ぬぞ……!?」


「もう死んでるわよ!! あなたの脳みそがね!!!」


 女は天を仰いだ。虚空を見つめ、どこか遠い目をする。



 ──いよいよ、魔王様への報告の時が来た。


 どうなってしまうのか。

 胃が痛い。すでに限界だ。


 でも、それでも──

 ……魔王様は、待ってくれない。

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