第15話 ……妙だな(魔王の側近・男視点)

 森の外れ。魔王の側近と呼ばれる男と女は、静かに“そのターゲット”を観察していた。


「……妙だな」


 男が、低くつぶやいた。隣では、女が小さな欠伸を噛み殺している。


「何が妙なの?」


 焚き火の前に座るケイル。

 彼は何もしていない。ただ、火を見つめ、薪をひとつ、焚べただけだった。


 ……その瞬間、空が裂けた。


「ッ……!!」


 側近が咄嗟に女を庇う。

 空間が揺れる。風が止まる。重力が一瞬、意味を見失った。


「きゃっ!? ちょっとなにするのよ!」


「おい……今、なにが起きた……?」


「何も起きてないでしょ……

 薪を、焚べただけ。」


「嘘をつくな!! あれは……時間が、宇宙が、“巻き戻った”感覚だぞ……!」


 ケイルが、手元の鍋をくるりと回す。



 ……また、裂けた。次元が。



「……あの男、いま、因果律を調理してないか?」


「ねえお願いだから、ただの焚き火にそういう妄想乗せないでくれる!?」



 側近は、歯を食いしばった。すでに額には汗が滲んでいる。


「気づいたらシチューが完成している……しかも……最初はカレーを作ると言っていたのに……!」


「スパイスを切らしちゃったんでしょうね」



「……違う。あれは、“未来改変”だ」


「わけわかんないよ!!」



 側近は震えた指で望遠鏡を構え、焚き火を覗き込む。


「あいつ、火の煙を見た瞬間に焚き火を押さえた。周囲を見回して、風向きと湿度を測ったような動きだった」



「火加減に気を遣っただけでしょ。あれ、普通の気配りじゃん」



 側近は真剣な顔で続ける。


「いや、あれは──煙の流れを通じて、外敵の接近を察知した動きだ」


 女が呆れた顔で呟いた。


「えぇ……どんな読みよ」


「黙って見てろ。今にわかる」



 側近の目が細められる。焚き火のそばでは、ケイルが小さな木の枝を追加しながら、炎の大きさを丁寧に調整していた。



「……くそ、気づかれたか」


「気づいてないよ!! ただの火の管理だから!!」


 思わず声を上げそうになった女を、側近が制した。


「静かにしろ。こっちの位置を正確に把握されたら、終わる」


「ちょっと待って。なにその“完全に見られてる前提”! 気にし過ぎなだけだって!」



「この距離で、気配を消して隠れている我々を、煙越しに警戒させた。あの男、間違いなく只者じゃない……!」


「いや、だからただの雑用だってば」


 女が頭を抱える。


「これ、報告書に書くの? “焚き火の火加減が鋭かったので、索敵能力を疑う”って?」


「……もちろんだ。これは極めて重要な観察結果だ」


「はぁ……明日の魔王様の顔が楽しみだわ……」


 女は遠い目で夜空を見上げた。

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