第20話 山向こうの海

 野を越え、山を越え——更に野を越えて、ようやく海に出る。

 山がなければ、自分がどこから来たのかすら分からなくなりそうな距離を移動し、俺は見渡す限りの大海原を眺めていた。


(他の大陸……あるのかなぁ……)


 地球で提唱されていたダーウィンの進化論だと、島ごとに異なる動植物が育ち、それもまた、種の多様化を担うひとつだと考えられていた。

 ある島では亀は地上の草を食べ、ある島では背の高い植物を食べるために亀の首が伸びる。

 元は同じ亀で、近しい島なのに、植生が違うだけで辿った“進化”が違った例だ。


(もしこの海の向こうに島があるなら……そこではどんな進化が起きているんだろう)


 俺の知らない世界。

 俺の干渉が届かない、もうひとつの進化の形。


 そう思うと、熱い何かが身体の奥から湧き上がるようだった。

 俺の手を離れた生命たちが、どんなふうに未来を描いていくのか、知りたくてたまらない。


(まずは、海を渡れるかだな)


 新しい土地を見つけたら、以前と同じ芽吹きを与えよう。

 植物も、クラゲも、魚も。

 土地ごとに違う進化を辿ってくれたら、それはきっと、面白い。




 まずは魚の形を模して、自分の身体を作り変える。

 海水耐性は以前に取得しているし、そのまま海へと入っても大丈夫だ。

 ポチャンと音を立てて海に落ち、姿を変える。

 砂浜ではなく断崖絶壁のような岩肌だったそこは、海と陸の高低差が激しいらしく、一気に深海まで辿り着いてしまいそうだ。


 スイスイと泳いで、海を渡る。

 深海からは魔力が噴き出しているようで、身体の調子が良い。


(ノムス、火山は無いって言ってたけど、海の中にはあるのかな?)


 熱い溶岩が吹き出れば、海水温も上昇して、生態系への影響も考えられるだろう。

 噴煙が上がれば、空を火山灰が覆い、太陽の光が遮られることもあるかもしれない。

 ——そうなれば、植物が光合成をする事ができなくなり、食物連鎖の根幹が崩れてしまう。


(……魔力源を、探ってみるか)


 この世界の生物に必要不可欠な、魔力。

 それが使われ続ければいつかは枯渇してしまうのだから、ノムスもどこかに魔力発生機関を作っているはず。


 魔力が強く、強く感じる方へと移動していけば、深海へと差し掛かる。


(こんなところに……?)


 ヒュオウ——

 突然目の前を、発光する帯状の物体が横切る。

 よくよく目を凝らしてみると、その光は大きな胴体の側面の一筋に過ぎなかった。


「うわっ?!」


 それはギョロリと“こちらを見た”。

 次の瞬間、明らかに俺を捕まえようとするように、その触腕を伸ばしてきた。


(——っ、逃げなきゃ…!!)


 慌てて身体を捻って、一気に加速する。

 魔力を後ろに押し出して水流を作ると、ジェット噴射のように身体が前へと押し出される。




 無我夢中で我をも忘れて泳ぎ、着いた先は知らない土地だった。


「はぁ、はぁ………。助かった、のか……?」


 深海で見えたのは、「クラーケン」とも呼ぶべき巨大イカだった。

 胴体から触腕に繋がるように、側面に発光体が並んでいて、最初に俺が認識したのはどうやらそれだったらしい。


 危機から間一髪(髪は無い)逃れた俺は、岸辺でスライムの姿に戻った身体をぺしょりと広げ、力を抜く。


 ——生き残った。


 頭を占領するのは、そんな感慨だ。


(それにしても、あんなに大きな生き物がいるなんて……。やっぱり魔力が濃いから巨大化できたんだろうか?)


 俺が海で作った動物は、せいぜいクラゲくらいだ。

 そこから進化したとして、あそこまで大きくなるのに、一体どのくらいの時間と魔力が必要だったのか……。


(……案外、魔力が多ければ一気に巨大化できるのかもな)


 実際、海底は深く、そして魔力が濃かった。

 あのクラーケンと見間違うような巨大な存在がいたのは、偶然じゃない。むしろ、当然だったのかも知れない。


(魔力の豊かさが、生物を“異常”な方向に進化させるとしたら……)


 俺が見ていない場所で、俺の知らない“怪物”がどんどん生まれている可能性もある。


 ——“怪物”がもたらすのは、繁栄か、それとも滅亡か。


 ひやりと心の表層を撫でたのは、誰の手だったのだろうか。

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