第6話 交配
クラゲとして必要なのは、傘と触手と消化器官、それから生殖能力だろう。
軟体動物って大体雌雄が無いから、オスメスどちらの機能も持っていれば繁殖できるはずだ。
(あくまで地球基準だけど……まあ、今のところ俺が基準ってことで)
スライム数体を融合させ、役割分担させるように意識する。
傘部分は浮力を調整しつつ、周囲の水流を感じ取れる構造。
触手には感覚と運動機能を集中させて、簡易的な神経っぽいものを通して動かす。
中央部に空洞をつくり、内側には栄養を吸収するための粘性の高い膜を形成。
消化液を分泌できるようにエネルギーの集中域を調整した。
(あとは……“生殖器官”か)
どこに作るかは迷ったが、傘の内側の隠れた部分に小さな袋をいくつか設ける。
内部には、魔力情報としての“種”と“受け皿”の両方を配置。
つまり、自己の一部を分裂したものに送り込むことで、遺伝的変化をもたらす自己繁殖構造。
(……正直、正しいかどうかも分かんねえ。でも)
——どこからか潮の流れが身体を押した。
クラゲ型の俺は、ふわりと浮かびながら、その流れに逆らうようにゆっくり泳ぐ。
(“俺が正しい”ことにすればいいんだ)
この世界において、生物の常識なんてまだ存在しない。
だから、俺が作れば、それがこの世界の生物の“型”になる。
その時、他と共有している感覚が小さな震えを受け取った。
自分から少し距離を置いた、別の融合体 ——さっき俺が分裂させて作った、同型のクラゲスライムが、海中でふわりと宙に浮かび、俺の生殖器官から漏れ出たわずかな魔力を取り込んだのだ。
(……まさか、もう“交配”した……?)
慌ててその個体に意識を向けると、内部の構造に微かな変化が生じているのが分かった。
遺伝子情報が、俺とは異なる配列を持ち、ほんのわずかながら、新たな組み換えが始まっている。
(成功……したのか……!)
それは、たしかに“個体差”を持ったクラゲだった。
これが、“種の多様性”の始まりだ。
***
自分が関与しない所での交配の経過観察を行うために、俺自身はクラゲの一組織から再びスライム単体に戻った。
クラゲとなった子スライムたちは、好きに泳いだり、海藻を食べたりしている。
食べられていく海藻を見て、無くなる前にと、地上の草と同じく慌てて生殖機能を海藻に持たせ、種の存続を計った。
地上の草と違うのは、花粉が濡れても沈まないように、油分で撥水機能を持たせた事だ。
——しばらく地上に戻っていないが、繁殖した植物たちはどうなっているだろう?
クラゲや海藻と同じように、繁殖を繰り返す事で、多種多様な姿形に変化していくのだろうか?
(一度見に行ってみるか)
久し振りに海中から浮上する。
海水の浮力がない分、重力が重たく感じた。
(……あれ?意外と俺が遺伝子操作した時のままだ)
環境が最適だったからだろうか?
地上の草の進化は進んでおらず、一見以前とあまり変わらない。子スライムが草を食べた分、新しく作った種が広がっているだけだ。
(ああそうか。花粉を媒介するヤツが現れれば花が発達するし、草が食べられてしまうなら毒持ちが現れるかも知れないけど)
昆虫はまだできていない。
スライムは微弱なら毒だろうが食べてしまうだろう。
それらの“進化種”が広がるのは、その進化が環境に適応した時だけだ。
今のところ、クラゲは繁殖力や食料調達で優位に立ったものが。海藻は浅瀬と深海でそれぞれ異なる強さの、届く光を効率良く吸収できるものが。
環境が“種の多様性”を生み出してるんだ。
(それなら次は、環境の違いを作る所からか)
流石にそれは神の領域だろう、とノムスへの交信を試みる事にしたのだった。
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