約束は破るために

位用

Side早瀬京介

 「五年後の今日。二人が大人になったら、またここで会おうね」


元カノとの約束の夢で目が覚めた。そういえば五年前の今日だったなと、起きようとした時刻よりも少し早くを差した時計を見ながら思い出した。


 朝食はインスタントコーヒーとトースト2枚。卵が残ってたから何か焼こうかと思ったけど、洗い物が面倒になるからやめた。カーテンを開けると春先特有の日差しがリビングを包んで、電気を点ける必要が無くなってしまった。心地が良い。


 ☆


 敷寺しきでら日葵ひまり。奔放だが常識があり、空気の読める人だった。身長はやや低かったけれど結構ハキハキと喋るので、小さいとか、動物で例えるとリスみたいだねとか、そういう印象はない。家柄が良く、両親が厳しいらしい。それにより、彼女はスマホを持たせてもらえていなかった。家に遊びに行きたい、なんて要望が通ったことも一度も無い。学校以外の時間は習い事か勉強をしなきゃいけないそうで、デートをすると毎回「今日は上手く抜け出せたよ!」なんて笑顔で言っていた。


 そんなよくできた彼女と別れたのは中学の卒業式。『本家に戻らなければいけないから遠くへ行く。きっともう、会うことはできない』要約するとそんな内容のことを、帰り道で突然泣きながら言われた。嗚咽により、初めて彼女の声が聞き取り辛いと思った。話の内容に対して何を思ったとか、そういうのはよく憶えてない。でも、最後に彼女に自分の電話番号を書いた紙を渡したことを憶えている。たとえいつまでも彼女がスマホを与えられなかったとしてもいつか、連絡が欲しいと。すると、彼女は紙を受け取って、涙を拭って言った。


 『きっと、いや、絶対に連絡は取る。たくさんお喋りしようね。それでも、貴方に会うのは難しいかもしれない。でも、でも大人になったら。一人でどこへだって行けるような大人になったら、必ず、最初に貴方に会いに行く。だから』

 件の約束は、この言葉の後に続く。


 それから五年。俺が敷寺日葵と交わした言葉は、一つも無い。


 ☆

 

 「……じゃ、来ねーか」

 底が見える程に減ったコーヒーを一気に飲み干す。思い出を見過ぎた。コーヒーがぬるく、粉っぽくなっている。さて、そうと決まればそろそろ出発しなければならない。今日は大学でできた彼女、津垣彩菜との水族館デートの約束があるのだ。忘れていた五年前の約束を追いかけるよりも一昨日結んだ約束を守ることを取る自分を責めることは無い。いったって、カノだし。きっと向こうも、忘れているか面倒くさくなっているに違いないさ。だって約束したのに、五年も連絡が無いんだもの」

 言い訳めいた言葉がいつの間にか声に出ていて、家には誰もいないのに、少し恥ずかしくなった。


 待ち合わせの時間まであと1時間。ここからなら、余裕で間に合うだろう。


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