第32話 屋敷の怪異に関する覚書

 五月十七日 薄曇り


 どうしてこの屋敷には、良いものも悪いものも怪異が集まってくるのだろう。

 まるで風に吹き寄せられる落ち葉のように、自然とここに溜まっていく。


 暮らし始めてしばらくすると、この場所がただの古い家ではないことがはっきり分かってきた。


 少し調べてみることにした。


 屋敷には、私より以前に住んでいた人たちの手記や持ち物が残されている。

 読み返すと、様々な時代の生活の跡が垣間見えて、なかなか興味深い。


 その中で、先代の家主が書き残したものに目を引く記述があった。


 曰く――この屋敷は、住人や過去の出来事の「未練」や「執着」を自然と吸い込み、空間に蓄えているという。


 通常なら、未練や執着は時を経て濁り、やがて悪霊や怪異と化す。

 しかし、この屋敷は違う。三柱の屋敷神――紅玉、翡翠、真珠――の守護により、未練は濁らず澄んだまま保たれ、屋敷の力の層として静かに積み重なるのだという。


 それでも、時折悪しきものが現れることがある。


 手記によれば、外部からの刺激や強い想念が加わると、屋敷の力の層が反応し、怪異として姿を現すのだという。


 思い返すと、確かに心当たりがある。


 * 電話の怪異は、私自身の思い出に呼応して現れた。

 * 黒い影や声を喰うものは、屋敷の力が何らかの刺激を受けて姿を変えたのだろう。

 * 座織いざおり。過去には無害だったのに、私に興味を抱いたことで危険に傾いてしまった。


 屋敷神たちは、こうした怪異が定着しすぎないよう常に目を光らせている。

 そのため多少の危険があっても、屋敷そのものの秩序は崩れない。


 要するに、この屋敷の怪異は偶然に生まれるわけではない。

 未練や執着の層に、外部の刺激や想念が加わり姿を取る。

 そして屋敷神たちの働きによって、長く居座ることなくバランスが保たれる――私はそう理解した。


 読んでみると、なるほどと腑に落ちる。

 怪異たちはただ恐ろしい存在ではなく、ここに積もった人々の思いと深く結びついているのだ。


 だから私は、この屋敷で起こるすべてに対して、慎重でいなければならない。

 





 双六――あれを、早く見つけなくてはならない。

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