第28話 妖花札
五月十一日 夕立上がり 月夜
裏縁側に、丸い卓を据えた。初夏の宵。庭の石灯籠に小さく灯を入れ、温かい玄米茶と茶菓子を翡翠が出してくれた。
真珠は座椅子に全体重を掛けるような姿勢で何か本を読んでいる、穏やかな夕食後の時間。
パタパタと廊下から紅玉が走ってきた。
「これ!見てー!」
と抱えてきた箱を置く。中身は、艶やかに刷られた花札──ただし絵柄はすべて妖怪尽くし。
松林の狸、桃の花に咆哮する鬼、吹雪に立つ雪女……墨と色彩で描かれた妖たちは、今にも動き出しそうな迫力を帯びていた。
「私が見つけたんだー。蔵にあったの!【妖花札】!」
紅玉が胸を張って、色鮮やかな札の束をテーブルに置いた。
「おや、懐かしい……」
翡翠は目を細め、札を一枚手に取って感触を確かめる。
「これ、僕強いですよ」
「は? オレのほうが強ぇし」
真珠は椅子の背にだらしなく肘をかけ、挑発的な笑みを浮かべた。
「みんなで、これで遊ぼう!」
かくして、妖花札大会が始まった。
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紅玉が札を並べながら言う。
「妖花札は、絵柄の妖怪の能力や組み合わせで点を競うの。例えば、同じ種類の妖を揃えたり、特定の妖たちを組み合わせると“役”が成立して得点になるんだよ」
私が手札を見つめていると、紅玉はうなずいた。
「うん。役は“狐の嫁入り”や“百鬼夜行”みたいに、特定の妖を並べたら成立するの。百鬼夜行は一気に逆転できる強い役だね!でも特定の札じゃないと発動しないんだよね、私見たことないし。
あと、札にはそれぞれ特殊能力もあるの。場の札に影響を与えたり、相手の札を封じたりね」
翡翠が静かに補足する。
「そして役が成立すると、一気に点が加算されます。組み合わせの戦略性もある、少し頭を使うゲームです」
真珠は腕組みし、にやりと笑う。
「点を稼ぐために駆け引きが必要ってわけ」
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配られた八枚の手札。桃の花に鬼、松林に狸、そして青く燃える鬼火──おそろしくも愛らしい筆致だ。
初手、紅玉は松の狸を場に出し、にこりと笑った。
「特殊能力“変化”」
狸の札が、まるで生き物のように形を揺らし、別の月の札へと姿を変える。
「面白いでしょ?能力の組み合わせで役が手元に来ると札が光るから、主さん慣れてなくても安心して!」
にっこりと笑う。
翡翠は静かに梅の雪女を場に置く。
「……“凍結”。次の一巡、主の札は一枚使えません」
涼やかな笑顔で私の手札を封じる。
まるで天気予報のように、次の一手まで見通しているのだろう。容赦は、ない。
真珠は勢いよく卓に桃の鬼を叩きつけた。
「よし、“鬼の宴”狙いだ。鬼火が出りゃこっちのモンだ!」
勝負事となると、彼は熱くなるタイプのようで子猫のように目を光らせる。
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ところが、このあたりから空気が妙になった。紅玉と真珠の視線が、一瞬だけ交わったのだ。
「紅玉、次順……」
「オッケー! わかってるって!」
二人は息を合わせ、私と翡翠の加点潰しをするよう札を捌き始めた。
真珠が場をかき回し、紅玉が巧みに札を奪う――気づけば二人の前には、役の札がそろい始めていた。
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しかし、数巡目。
翡翠が河童の札を場に出した。
“水流”で……真珠の鬼火を取ると札が光る。
「なっ……!」
場の空気が水音と笑い声に揺れる。
「ふふ、これで“鬼の宴”は未遂ですね。残念でした」
翡翠が茶を啜りつつ静かに言う。二人に邪魔されても冷静な翡翠に紅玉は怯まない。
「なら……これでどうよ!」
彼女は狐、雨女、光札を並べた。
「“狐の嫁入り”成立。十二点いただきます!」
演出のように、障子の外でふっと風が通り、白無垢姿の狐が歩く幻が見えた気がした。
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残り二巡。勝負は紅玉がリード。
私はほとんど諦めかけていた。だが、山札から引いた一枚に息を呑む。
それは付喪神。しかも、私の手元にはすでに『藤と妖狐』と『金杯と鬼』『嵐の天狗』の札がある──。
震える手で札を場に出す。
“百鬼夜行”が成立した。
鬼火が青く燃え、鬼が担ぐ神輿に絶世の美女の姿の妖狐がこちらに手を振る、付喪神が笛や太鼓を奏で、天狗が先導して風を起こす幻が夜気の中に現れた。
得点は一気に加算され、私は紅玉を逆転。
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「……やられた」
紅玉は額を押さえ、真珠は口を半開きにして私を見つめた。
「主さん、それ、偶然?すごい強運!」
「主すげぇじゃん!」
「僕、その役揃ったの初めてみました」
全くの偶然、そう答えながらも、三人からの手放しの賞賛に胸の奥ではひそかに興奮していた。
宵の庭には、まだ薄く鬼火の幻が漂っていた。遊びの余韻と、妖たちのざわめきが夜を少し長くしてくれたように思う。
四人で遊んだり出かけたりするのが、最近とても楽しい。
こんな日々が続けばいいな。
……そうだ、双六。
次はあれで、遊ぼうとみんなに提案してみよう。
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