第76話 管理局での話し合い



 スタンピード発生が確認された木崎区2番ダンジョンのダンジョンゲートは休眠状態へと入った。

 楕円形の姿見のような形状の力場。もやもやと煙のようなものが溢れ、鏡が収められているような形で揺らめく赤い膜が張られているもの。

 これが侵入することができる通常時のダンジョンゲートの見た目だが、休眠状態へと変わるとその赤い膜が青く変わり、溢れる煙のような物も消える。


 ダンジョンゲート用フロアに浮いているのは、その青くなった木崎区2番ダンジョンのゲートだった。


 どうやら、ヒサメたちがダンジョンコアを回収した時点で、このダンジョンは一次的な休眠へと入ったようだ。


 そうして、この小規模なスタンピードは収束した。


 第一の防衛ラインであるゲート用フロアも突破されることはなく、そのフロアに対するダメージも少ない、ほとんど理想的な形でのスタンピードの収束だ。


 休眠状態へと入ると内部の最適化なども行われているのか、魔物の数なども平常時に戻り、崩れていた場所なども戻る。

 あとは、休眠状態が解除されたら少し様子を見て、探索者協会の精鋭が中を確認し、問題がないようであれば通常運転へと戻ることだろう。



 ヒサメたちはダンジョン管理局のとある部屋に来ていた。

 そこに居るのはダンジョン内部に居たヒサメ、アカネ、レイカの3人と、アークフォースから立会人としてサクマ、リンカ、マナミの3人。

 ヒサメたちと向き合ってテーブルについているのは、管理局の職員と、スタンピード迎撃の指揮を執っていた班長の男だ。


 彼女たちが座っているテーブルの上には30を超える数のドロ箱がある。

 この数自体はおかしいものでもないが、そのすべてが「イレギュラーモンスターのドロ箱」となれば、明確な異常値であるのは誰もが察するだろう。


 ヒサメたちへの事情聴取に際し、ヒサメが「報告事項があります」と言って、大量にあった通常のドロ箱の中に隠してあった禍々しい仕様のドロ箱を大量に見せたところで、これを見た者たちの目の色は変わった。


 管理局の職員と、班長の男はヒサメたちが持ち帰った禍々しい見た目のドロ箱を掴み、眺め、それが内包する魔力も感じ、眉根を寄せた。


「確かにこれは、デモンズ化したモンスターのドロ箱なのだろう。通常のそれではない」

「はい。これはどれも類似品などではなく、明確にイレギュラーモンスターが落としたドロ箱なのだろうと私も思います」


 班長の男が言った言葉に、職員の男も同意して頷く。


 サクマやリンカも何個か手に取って、「確かにこれは通常のドロ箱ではない」という。


 こんな数のイレギュラーモンスターと戦い生きていることが驚きだが、実物がある以上はそこに疑うべき要素はない。

 ただ、それが出来るほどに異常なくらいに強かったというだけだ。


 再び1つを掴み、職員の男が言う。


「調査のために何個かを提出していただきたい」


 探索者チームの年長者ということで、アカネとレイカに向けて彼は言ったが、それに即答で返事をしたのはヒサメだった。


「このドロ箱自体の提出は絶対にしません。この管理局の人間というだけで、今のあなた方に信用できる要素がありませんので」


 職員の男は見てわかるほどに顔をしかめていた。

 この男は、ヒサメのことを全くと言って良いほど知らない。

 覚醒者ではあるのだが、非常に弱い、事務員として管理局へと所属している人間だ。


 勇者の攻撃を防いだ蒼い雷を見ていないし、赤い風によってまとめ上げられた龍のようになったドロ箱や魔石も見ていない。

 小柄な学生であるヒサメに、明確に侮りがある。だから、「あなたではなく、チームリーダーに聞きたいのですが」という意識が透けて見えていた。


 アカネたちは苦笑だ。

 今のところはそれほど長く関わったわけでもないが、その関わりが濃厚だったことで、芦川ヒサメという人物についてはなんとなくその形を掴んだ。

 冷酷な人間というわけでもないし、きつい性格をしているというほどでもない。

 周りに対する気遣いもできるやさしさはあるのだが、必要であるなら割とバッサリといく人間だ。


 まさに、今現在のように。


「今回のスタンピードが起こった理由は主に3つあります。叫念爆石という引き金を抜くなら、2つ」


 硬い表情でヒサメを見る職員の男に彼女は臆せずいう。

 強く睨む彼に構うことなく、コテンと小さく首を傾げ、その理由の数を指で表しながら、ヒサメは言葉を続けた。


「誰かが意図的に魔物を増やしたのだろうというものと、数週間単位の結構な長い時間の間ダンジョン内の確認と管理を怠ったことです。前者は犯人の候補は居ますが、現在は断定できません。しかし後者は違いますね」


 職員の男が彼女を睨む視線が強くなったが、それでもヒサメは気にしない。


「この管理局は確認と管理を怠った。多くの時間があり、多くの手段があるのに、怠り、見逃し続けた」


 信用できないんですよ、とヒサメは言う。

 最低限のことも出来ていない。管理局が存在する理由であるそれを怠り、みすみすスタンピードを引き起こさせたこの管理局が信用できないと。


 もちろん、全員が悪だったのだろうとまではヒサメも思っていない。

 しかし、それはそれというやつだ。


 スタンピードを絶対に起こさないようにするというのは、すべての管理局、探索者の共通理念だ。

 そんなのは当たり前だ。スタンピードとは大厄災なのである。

 それで壊滅した街どころか、滅んだ国さえある。


 あらゆる意味での管理のために管理局は存在するが、そのあらゆる管理よりも先に「スタンピードが起こらないように見張る」というのがある。


「あなた方は利用された一部なんでしょうね。ですが、だからこそ今すぐにあなた方を信用はできない。私にとっては、あなたも敵である可能性の方が高い」


 あらゆる意味で信用に値しない。

 だから、無償で行えるのは報告までだとヒサメは言う。


「その後ろ暗い誰かにイレギュラーモンスターのドロ箱を提供することになる可能性もあるので、報告のために見せましたが、あなた方に提供できる物品はなにもありません」


 班長の男は苦い表情を浮かべてこそいるが、理解はできるのだろう。


 スタンピードを自分が所属する管理局のダンジョンで起こすなど大失態も良いところだ。

 今回はたまたま収束させられる探索者がいたので事なきを得たが、この街に対する大破壊に発展していた可能性は普通にあった。


 そこで、班長の男は思うのだ。彼は悔やんでいる。


 数少ないこのダンジョンの配信を見た時に、「なんか、魔物が少し多くないか?」と思ったことはあったのだ。


「ですので、あなた方には解析結果を提出します。このドロ箱を数個ほどみやぶる君を使い解析し、そのデータを撮影したものですね。それと、出現物の写真と解析結果。ドロ箱の現物の提出には応じません」


 ポーチからコミカルなスマホの玩具のような物を取り出して、ヒサメはそう言った。

 今も表情を歪めて睨む職員の男は頷くことはなかったが、その隣に座っていた班長の男は「それでよい」と頷いた。


 落としどころとしては、悪くないだろう。

 管理局側に、非常に貴重なアイテムであるイレギュラーモンスターのドロ箱を、強制的に提出させられるようなルールはない。

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