第2話「アイツ?鈍いのか?」



第二話:歪んだ視線の残像


真夏の熱気に包まれた午後、重美を自宅まで送り届けた担任教師・鷹仲は、車のエンジンを切らなかった。まだ明るさを残す通りに停車したまま、彼は静かにハンドルを握り直す。外の空気は重く、セミの声が耳にこびり付いている。


重美が車を降り、自宅の玄関に向かって歩き出す。その小さな背中を、鷹仲はルームミラー越しにじっと追っていた。制服のスカートが風に揺れる。そのたびに、重美の足元が僅かに露わになる。


鷹仲はスマートフォンを手に取った。フォルダを開くと、そこには数えきれないほどの写真が収められていた。そのすべてが、今日、部活動で重美が送ってもらった帰路の、さらに、その前から記録されていた、一人の少女、谷本重美の姿だった。


写真には、練習に励む重美の真剣な横顔。汗を拭う仕草。ボールを追いかける躍動感あふれる一瞬。友達と談笑する無邪気な表情。そして、夕暮れの校舎を背に、一人で片付けをしている寂しげな後ろ姿。すべて、重美の日常の断片を切り取ったものだった。彼女の知らない、彼女の無防備な瞬間が、鷹仲の手に収められていたのだ。


一枚一枚、彼はその画像に目を落とした。彼女の些細な動き、表情の変化。それらすべてが、鷹仲の歪んだ執着心を強固に満たしていく。重美が気づかないうちに、彼の視線は常に彼女に注がれていた。学校という閉鎖的な空間で、彼は彼女を監視し、その存在をデータとして記録し続けていたのだ。それは、彼女を守るためでも、教え導くためでもない。ただ、彼自身の内なる欲望を満たすためだけに。


「……制服の谷本も、かわいいな」

鷹仲は静かにそう漏らした。彼の目線は、ルームミラーに映る重美の姿、そして彼女が家の中へ消えていく様を追っている。第一話で母親と電話をしていた際に、重美の母親が安心して鷹仲に娘を任せていた様子が脳裏に蘇る。あの時の、母親の「娘をよろしくお願いします」という言葉と、鷹仲の内心の歪んだ歓喜が、彼の脳裏で今回の「コレクション」と結びついていた。彼は、重美の帰宅を確認し、その後の行動を予測して、次の「獲物」の気配を求めていた。


その時、重美がふと振り返った。彼女の視線は、鷹仲の車が停車している方向へと向けられているように見えた。その顔に浮かぶのは、いつもの無垢さではなく、鋭い疑惑の眼差し。


「……もしかして、私の事、見てる?」

重美は、まるで鷹仲の胸の内を見透かすかのように、真っ直ぐに問いかけた。その言葉が、鷹仲の心の奥底に潜む醜悪な欲望を、強烈に揺さぶった。鷹仲は、反射的に、しかし確信に満ちた顔で答えた。

「いや、何も見ていないよ、谷本」


そして、重美は静かに、しかし強い意志を宿した瞳で、鷹仲を見つめ返した。


「じゃあ、私の写真、何枚持ってる?」


その言葉は、鷹仲の全てを凍りつかせるに十分だった。彼女の勘が、想像を超えて鋭敏だったのだ。鷹仲の顔から、一瞬にして全ての感情が消え失せ、冷たい無表情だけが残った。


このスマートフォンに収められた画像は、鷹仲が重美に対して抱く、異常なまでの執着と、彼女の全てを支配したいという歪んだ願望の、生々しい証拠だった。それは、彼女を守るためでも、教え導くためでもない。ただ、彼自身の内なる欲望を満たすためだけに。そして、それはこれから始まる、重美を精神的に追い詰めていく更なる悪夢の序章に過ぎなかった。鷹仲は、この「コレクション」に目を細め、重美の家の前を静かに通り過ぎ、次の行動に移るべくアクセルを踏み込んだ。


第三話 予告


重美、鷹仲の悪意に気づく! 母親と協力し、反撃の糸口を探る! しかし、鷹仲の監視は更に巧妙に… 母娘の戦いが始まる!


第一話の奇妙な出来事、そして第二話で自身が鷹仲のスマートフォンに無数の写真として収められていたという事実に加え、思わず鷹仲に核心を突く一言を投げかけてしまった重美。彼女の鋭い勘は的中し、鷹仲の隠し持つ悪意の片鱗に触れてしまった。あの日の鷹仲先生の視線、そして自分が見ていない場所で、常に監視されていたという事実。それは、学校という日常空間を、彼女にとって容易ならざる場所へと変貌させていた。


学校での鷹仲の態度は、以前にも増して「親切」で「協力的」なものになっていた。しかし、重美はもう彼の言葉や優しさに惑わされない。その完璧すぎるほどの優しさの裏に隠された冷たい視線、そして時折見せる、重美の反応を探るような巧妙な言葉遣いに、彼女は日ごとに増す緊張感と不信感を抱かざるを得なかった。一人でいることに強い不安を覚え、常に鷹仲の影を感じるようになっていた。


「ねぇ、お母さん…」

重美はついに、胸の中に渦巻く不安を母親に打ち明ける決意をする。学校での鷹仲先生の些細な異変、そして自分を待ち伏せているかのような監視の気配。それらが積み重なり、母に相談することで、彼女は一人ではない、という安心感と、この異常な状況から抜け出すための糸口を見つけようとしたのだ。


母親は重美の話に真剣に耳を傾け、娘の言葉の端々に込められた恐怖と訴えを理解する。教師という立場を利用した鷹仲の不穏な行動。その背後にある、娘の尊厳を踏みにじる可能性を孕んだ悪意の匂いを、母親は敏感に察知する。娘を守るため、そして事態の真相を突き止めるため、母親は鷹仲の行動について、静かに、しかし着実に調査を開始する。学校の様子、鷹仲の噂話、そして重美のスマホに記録された鷹仲とのやり取りなど、可能な限りの情報を集め始める。


しかし、鷹仲の監視網は巧妙に張り巡らされており、母親の小さな動きも彼に察知される可能性があった。母娘は協力して、鷹仲の魔の手から逃れるための糸口を見つけようとするが、鷹仲の鋭い「熱視線」は常に彼女たちを捉え続けていた。


鷹仲の巧妙な心理操作と監視網は、母娘の連携によってどのように打ち破られるのか? それとも、母親の介入が、鷹仲のさらなる暴走を招いてしまうのか? 緊迫の第三話、重美の反撃と母の決死の調査が、隠された真実を暴き出します。

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