第三十八話 語る料理国・クックヴォイスと、食べられるために生まれた想い

「……こんにちは。食べられるために、生まれてきました」


アリシアが切ろうとしたトマトが、

静かに“声”を放った。


ここは語る料理国クックヴォイス


この地では、すべての食材が言葉を持ち、

調理の段階で“ひとこと”だけ、料理人に想いを伝える。


- 魚は「泳いだ日々、楽しかった」と微笑み

- 小麦は「大切にこねてくれてありがとう」とささやく

- スープは「あなたの心を温めたい」と願い

- デザートは「最後まで、美味しく召し上がれ」と歌う


アリシアは、トマトに訊ねた。


「……怖くないの?」


「ううん。だって、あなたが笑顔で食べてくれるなら、幸せだから」


その言葉に、アリシアの包丁が止まる。


「……この国では、“料理を食べる”ことが、“対話”なのね……」


* * *


ライザは戸惑っていた。


「俺にはムリだ……食材が話しかけてくるなんて、胃がもたねぇ」


「でも、聞かなきゃダメ。“命”って、いただくものだから」


「料理って、“語られない犠牲”の上に成り立ってるのよ」


アリシアが選んだのは、“対話式コース料理”。


一皿ごとに“食材の声”を聴きながら、調理する。


1. 前菜:語るトマトのカプレーゼ

  →「陽の光、あたたかかったなぁ……今も、あなたの中で輝いてるかな?」


2. スープ:ポロネギと大地のポタージュ

  →「掘り起こされたとき、少し怖かったけど……あなたの手が優しくて安心したよ」


3. メイン:鶏と茸の薪焼きロースト

  →「次に生まれ変わるときも、またあなたに食べてもらいたい」


4. デザート:話す洋梨のキャラメリゼ

  →「甘さだけじゃない、想いも込めて。ちゃんと届いたら、うれしいな」


アリシアは、それぞれの声に耳を澄ましながら、包丁を入れていく。


「……あなたの想い、必ず届けるわ♡」


* * *


コースの最後に登場したのは、“静かな皿”だった。


そこには、**何も喋らない料理**が置かれていた。


「これは……?」


料理長が語る。


「“食べたくない”という料理もあるんです。

 でも、それは“声を持たない”わけではない。

 私たちが、**耳を閉じてしまった**だけなんです」


アリシアは、静かに箸を置いた。


「わかったわ。この皿は、食べない。それも、料理への“敬意”よ」


そして、彼女は一礼する。


「“いただきます”って、そういう意味だったのね――ありがとう」


* * *


その夜。


クックヴォイスに、“新たな言葉”が広まった。


**『沈黙もまた、食材の声である』**


アリシアの料理は、命の語りかけに対し、

“聞く”という姿勢を人々に教えた。


* * *


ライザがぽつりと呟く。


「“ありがとう”って、言われて食べるメシは……ちょっと、重いな」


アリシアが笑う。


「でもね、そういう“重さ”も、一緒に味わうのが“料理”ってものなのよ♡」


次なる舞台は、“味を奪い合う都市国家”。


「一皿しかない料理を、百人で奪い合う――

 “味を支配する者が国を制す”って、そういう国があるの♡」


「おいおい、また血の臭いがしそうな料理バトルじゃねーか……」


「でも、料理って――“戦”にもなるのよ♡」


ふたりは、“味が権力”となる都市へと向かって歩き出した。

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