第16話:二軍での輝き、高まる期待

支配下登録の話が出るようになってから、

もう数ヶ月が過ぎていた。

けれど、正式に決まったわけではない。

育成選手としての契約は、

いつ打ち切られてもおかしくない。

そんな現実が、常に私たちの頭の片隅にあった。

特にオフシーズンが近づくと、

その不安は、より一層、影を落とした。


雄太は、それでも、

野球への情熱を決して揺らがせることはない。

二軍の練習場でも、

彼の表情は、以前にも増して

自信に満ち溢れているように見えた。

練習への集中力も、さらに高まっている。

育成選手としての日々の中で、

彼が培ってきた強さが、

全身から漲(みなぎ)っているようだった。


彼の努力は、決して止まることはなかった。

むしろ、プロとしての契約を掴んだことで、

より高いレベルを目指す、

という意識が強くなったようだった。

彼の野球ノートには、

これまで以上にびっしりと、

課題や目標が書き込まれている。

私は、そのノートを読むたびに、

彼の向上心に、改めて感銘を受けた。

彼の字からは、ひたむきな熱意が伝わってきた。

まるで、彼の魂が、

文字となって紙の上に刻まれているかのようだった。


二軍での試合でも、

雄太は投打両面で着実に結果を出し始めた。

マウンドに立てば、

力強いストレートで打者を圧倒し、

変化球も精度を増している。

打者としてバットを握れば、

鋭い打球を飛ばしてチャンスを作り、

時には、柵越えの大きな一打を放つこともあった。

その活躍は、二軍監督やコーチ陣の目を引き、

彼の名が、少しずつ、

球団内で知れ渡っていくのを感じた。


ある日の二軍の試合。

雄太は先発ピッチャーとしてマウンドに立ち、

五回まで相手打線をパーフェクトに抑えた。

彼の投げる球は、唸りを上げ、

ミットに吸い込まれるたびに、

乾いた、けれど力強い音が響き渡る。

その音は、私の心臓に直接響くようだった。

そして、打席では、

三回に先制のスリーベースヒットを放ち、

自らのバットで追加点も叩き出した。

その投打にわたる活躍に、

スタンドの観客がどよめく。

まばらだった客席が、

彼の登場とともに、

熱気を帯びていくのが分かった。

「すごいぞ、田中!」

「あれが、二刀流の怪物か!」

そんな声援が、あちこちから聞こえてくる。

私は、その声援を聞きながら、

胸がいっぱいになった。

彼の投げる球の重み、

バットがボールを捉える快音。

その全てが、私には、

彼の血の滲むような努力の結晶のように思えた。

彼の活躍を目の当たりにするたびに、

私は心から誇らしく感じた。

私の応援が、少しでも彼の力になっていると信じて。


試合後、私は雄太を迎えに行った。

彼の顔には、汗と土がついていたけれど、

その目は、達成感と充実感で輝いていた。

彼のユニフォームから、

土と汗の混じった、懐かしい匂いがした。

それが、私には何よりも愛おしかった。


「今日のピッチング、どうだった?」

雄太は、少し照れたように私に尋ねた。

「最高だったよ!

雄太がマウンドに立つと、

空気が変わるんだから。

打つのもすごかったね!」

私がそう言うと、彼は嬉しそうに笑った。

その笑顔が、私にとっての何よりの報酬だった。

彼の笑顔を見るたびに、

私の心は温かい光に包まれる。


佐々木コーチも、

雄太の成長を高く評価してくれていた。

「雄太くんは、本当に吸収が早い。

二刀流という難しい挑戦なのに、

着実に結果を出している。

このペースなら、支配下登録も夢じゃない」

佐々木さんが、そう言ってくれるたびに、

私は自分のことのように嬉しかった。

彼の努力が、確実に報われようとしている。

その事実が、私を奮い立たせた。

佐々木さんの言葉は、

私たち二人の心を、いつも温かく照らしてくれた。


夜、マッサージをしながら、

雄太は今日の試合の反省点や、

次の試合に向けての課題を話してくれた。

彼の言葉からは、

常に上を目指す向上心が感じられた。

「もっと、変化球の精度を上げたいんだ。

あと、バッティングも、

もっと安定させないと。

支配下登録されるためにも、

もっと、結果を出していかないと」

彼の言葉を聞きながら、

私は彼の筋肉をゆっくりと解していく。

彼の体から伝わる熱が、

彼の野球への情熱を、

私に教えてくれるようだった。

彼の体が、どれほど野球に捧げられているか。

私は、その全てを肌で感じていた。


鈴木さんの存在も、

雄太の大きなモチベーションになっていた。

テレビで鈴木さんが活躍する姿を見るたびに、

雄太の目は、さらに輝きを増す。

「あいつには、まだ負けられない」

そう呟く彼の言葉には、

ライバルへの意識と同時に、

同じ道を歩む者としての、

深い共鳴が込められているように感じた。

彼もまた、二軍での苦労を乗り越えて、

一軍に返り咲いた。

その鈴木さんの存在が、

雄太をさらに高みへと押し上げていた。

二人の間には、私には立ち入れない、

けれど、互いを深く理解し合う絆がある。

そう感じた。

彼の挑戦が、彼自身の背中を押している。

それが、私には何よりも嬉しかった。


会社の同僚たちも、

二軍の試合ではあるけれど、

雄太の活躍をSNSで共有し、

応援の輪を広げてくれていた。

「田中くん、今日の試合もすごかったね!」

「もうすぐ、支配下登録かな?」

そんなメッセージが、私にも届く。

みんなが、雄太の夢を、

一緒に応援してくれている。

その温かい繋がりが、

私には何よりも心強かった。

彼の頑張りが、

こんなにも多くの人を巻き込み、

感動させている。

その事実に、私は胸が震えた。


夜、雄太が、私の手を握り、

「支配下登録まで、あと少しだって、

コーチが言ってくれたんだ」

と、興奮した声で私に告げた。

その言葉を聞いた瞬間、

私の心臓は、大きく跳ね上がった。

夢にまで見た、支配下登録。

それが、もう手の届くところまで来ている。

私は、雄太の手をぎゅっと握りしめた。

彼の掌は、熱く、そして力強かった。

「すごいね、雄太!

本当に、すごいよ!」

私の目からは、自然と涙が溢れ出した。

喜びと、安堵と、

そして、これまでの彼の努力を思うと、

涙が止まらなかった。

私たちの夢が、もうすぐ叶う。


雄太は、そんな私を優しく抱きしめた。

「美咲がいてくれたからだよ。

いつも支えてくれて、ありがとう」

彼の温かい言葉に、私はさらに涙が止まらなくなった。

私たちが、二人で歩んできた道。

決して平坦ではなかったけれど、

こうして、夢の入り口まで来ることができた。

彼の腕の中で、私は、

この上ない幸福感に包まれていた。


「一軍に上がったら、

美咲を招待するからな。

最高のピッチングと、

最高のホームランを見せるよ」

雄太が、そう言って笑った。

その言葉を聞くたびに、

私の胸は、期待でいっぱいになった。

彼が一軍のマウンドに立つ日。

彼が、プロとして、

輝かしい舞台で活躍する日。

その日が来ることを、

私は何よりも楽しみにしていた。


彼の夢は、もう彼の夢だけじゃない。

私と、そして彼の周りの大切な人たちの夢になっていた。

彼の挑戦は、私にとっても、

人生を賭けた挑戦だった。

この先に何が待っていようと、

私は彼と共に、この道を歩んでいく。

そう、心に誓った。

夜空には、満月が煌々と輝いていた。

彼の温かい手のひらが、私の手を握る。

その温かさが、私たちの絆を、

何よりも強く、私に感じさせた。

私たちは、固く手を繋ぎ、

次の目標へと歩み始めた。

アオハルに還る夢。

その夢は、今、確実に、

私たちの目の前で、輝き始めていた。

支配下登録という、

確かな光に向かって。

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