第二部:一軍への軌跡 ~泥だらけの奮闘と二刀流の開花~
第13話:育成の日常、成長の予感
プロ入りを果たした雄太を待っていたのは、
育成選手としての厳しいが充実した日々だった。
二軍の練習は、想像以上に過酷で、
毎日、彼の体はへとへとに疲弊しているようだった。
けれど、その瞳は、一点の曇りもなく、
ただひたすらに、野球への情熱を燃やしていた。
朝、彼が家を出る音で目が覚める。
まだ空が白み始めたばかりの時間。
彼の隣にはもう温かい温もりはなく、
ひんやりとしたシーツが残されているだけだ。
彼が残していった微かな汗の匂いが、
彼の努力を物語っていた。
私は、その残された温もりを感じながら、
彼の成功を祈る。
私の日常も、彼に合わせて変わった。
彼の練習時間に合わせて、
食事の準備をする。
高タンパクで、消化に良いもの。
彼の体を内側から支えられるように、
レシピを研究する日々だった。
疲労回復を促す、旬の食材を取り入れたり、
彼が好きな野菜を多めにしたり。
キッチンに立つ時間が、
私にとっての、彼の夢を支える時間だった。
彼のユニフォームを洗うたびに、
泥と汗が染み込んでいる。
その汚れが、彼の今日の頑張りを教えてくれた。
私は、一枚一枚、丁寧に洗い上げた。
雄太は、二軍の練習にひたむきに取り組んでいた。
グラウンドは、一軍のような華やかさはないけれど、
そこには、夢を追う若者たちの熱気が満ち溢れていた。
同期の若手選手たちとの切磋琢磨。
彼らは皆、雄太よりもずっと若いけれど、
野球にかける情熱は同じだった。
雄太は、彼らから新しい刺激を受け、
また、自身の豊富な経験を彼らに教えることもあった。
彼の野球ノートは、毎日びっしりと書き込まれていく。
練習内容、体の状態、技術的な課題、
そして、小さな目標。
私はそれを読むのが好きだった。
彼の野球への情熱と葛藤が、
そこには全て詰まっていたから。
彼の文字の一つ一つから、
彼の決意が伝わってくるようだった。
ある日の夜、雄太が帰ってくると、
彼の顔は、いつも以上に疲れているようだった。
マッサージをする私の手にも、
彼の筋肉の硬さがいつも以上に伝わってくる。
「今日、ちょっと新しいトレーニングを試したんだ」
彼はそう言って、少しだけ眉をひそめた。
彼の体にかかる負担は、計り知れない。
彼の肩の古傷が、また彼の体を蝕むのではないか。
そんな不安が、私の心をよぎる。
「大丈夫?」
私の問いに、雄太は「ああ、大丈夫」と笑った。
その笑顔は、どこか強がりにも見えた。
私は、彼の腕をそっと撫でた。
「無理はしないでね。
雄太の体が一番大事なんだから」
私の言葉に、彼は何も言わず、
ただ、私の手を握りしめた。
彼の掌は、熱く、そして力強かった。
その温かさが、私を包み込む。
彼の沈黙は、私への信頼だと、私は知っていた。
育成選手は、支配下登録されなければ、
シーズン途中で解雇されることもある。
その現実が、常に私たちを追いかけていた。
時折、雄太が夜中にうなされていることがある。
小さく「くそ……」と呟く声が聞こえてくるたびに、
私はそっと彼の隣に寄り添い、その手を握った。
彼の小さな吐息と体温が、
私に彼の不安を教えてくれた。
「大丈夫だよ」
心の中でそう呟きながら、
私は彼の夢を守り続けようと、改めて心に誓う。
彼が野球に集中できるよう、
私は彼の生活の全てを支えたい。
それが、彼の隣にいる私の使命だと思った。
彼が、毎日野球に没頭できる喜びを感じている。
そのことが、私には何よりも大切だった。
彼の目の輝きを見るたびに、
この選択が間違っていなかったと、
心からそう思える。
彼の笑顔が、私にとっての太陽だった。
彼の野球への情熱は、
私にとっての希望の光だった。
オフの日には、二人で過ごす時間を大切にした。
近くの公園を散歩したり、
静かなカフェでお茶をしたり。
練習で疲れた彼の体を癒やすために、
できるだけ無理のない場所を選んだ。
二人で手を繋いで歩く道。
その何気ない時間が、
私にとっては、何よりも尊かった。
「美咲がいるから、頑張れるんだ」
雄太が、私の手を握り、そう言った。
その言葉が、私の心に深く染み渡る。
「私だって、雄太がいるから頑張れるんだよ」
そう言うと、雄太は優しく微笑んだ。
私たちはお互いに支え合いながら、
この新しい生活を歩み始めていた。
二軍の練習場は、華やかさとは無縁だった。
けれど、そこには、夢を追う者たちの
熱い息遣いと、ひたむきな努力があった。
雄太は、その中で、着実に成長していた。
佐々木コーチからの電話が、
時折、私に入ることもあった。
「雄太くんは、本当に努力家ですね。
彼の体、美咲さんがよく見てくれているおかげで、
負担も少なく、いいコンディションを保てています」
佐々木さんの言葉に、私は胸が熱くなった。
私の小さな努力が、
少しでも彼の力になっている。
その事実が、私には何よりも嬉しかった。
雄太の野球ノートの書き込みは、
日を追うごとに、より詳細になっていった。
投球フォームの改善点、
打撃のタイミングの微調整。
彼の探求心は、決して尽きることがない。
私はそのノートを読むたびに、
彼の野球への深い愛情と、
向上心に感銘を受けた。
彼の成長は、私にとっての喜びでもあった。
彼の夢は、もう彼の夢だけじゃない。
私と、そして彼の周りの大切な人たちの夢になっていた。
彼の挑戦は、私にとっても、
人生を賭けた挑戦だった。
この先に何が待っていようと、
私は彼と共に、この道を歩んでいく。
そう、心に誓った。
雄太の穏やかな寝息が、私の心を包み込む。
私は彼の隣で、静かに目を閉じた。
私たちの物語は、まだ始まったばかりだ。
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