2 青山が不満に思っていること

 青山はいつものように休憩室で紅茶を買うとその場で飲み始めた。それと同時に労働組合のイベントのことについて考えを巡らせていた。彼女自身入社してからフェアの店舗応援やCM撮影の参加、就活の企業説明会など様々なイベントに参加してきた。だが今回のイベントは珍しく内輪のみのものである。そのため何をどうするのかいまいちピンと来ていない。だが総務部という立場上運営にかかわる必要がある。いくら経験が無いとはいえ自分も既に入社4年目だ。世間ではそろそろ中堅と呼ばれる年数まで来ている。そう思うと途端にプレッシャーに襲われた。

「あーどうしよ」

そうつぶやくと和田が休憩室に入ってきた。彼女にとっては最悪のタイミングである。まあ彼女にとってみれば彼の参上に最良のタイミングなどありはしないのだが。

「どした?話聞こうか?」

和田はおどけた態度で彼女に話しかけた。

「あんたも田中さんに誘われたでしょ、労働組合のイベントの運営委員」

「ああそれね。あれってようは学祭の会社版みたいなもんでしょ?」

「知らないよ。うちら入ってから一回もやってこなかったんだし。んでなんであんたは入ったわけ?」

「そうすりゃ毎日お前とおしゃべり出来るだろ?」

「は?」

青山は一瞬眉をひそめた。

「嘘だって。面白そうだと思ったからだよ。毎日パソコンの画面と睨めっこで俺も疲れたんだよ」

「あっそ。まああとオンライン課の但野君も入るみたいだよ」

その返答は和田にとって意外だった。彼としては但野がこういったイベント事に興味があるとは思えなかったからだ。加えて全社で集まるイベントとなれば間違いなく古巣の人間と会う恐れがある。そのリスクを但野が考えたのかも疑問に思えてきた。

「大丈夫なのか?だって店の人間と会う羽目になるんだぞ」

「知らないよ。あんたと違って未来志向なんじゃないの?」

「別に構わねえけどよ」

そう言っていると保険部の八幡が入ってきた。

「お疲れさん。ああ和田君参加ありがとね」

「お疲れさまです。いえ別に俺はそんな」

八幡はタバコに火をつけた。彼は保険部の課長代理だが同時に労働組合の委員長も兼任している。そのため今回のイベントも彼が運営のリーダー的な立ち位置なのだ。

「それにしても仲いいな二人とも。会話が外から聞こえてきたぞ」

八幡はからかうように青山に言った。その様子に青山も少し不満げだ。

「仲いいわけないじゃないですか。ていうかこいつもイベントの運営委員とか意味わかんないですけど」

「いいじゃないの。同期なんだから仲良くしな」

「そうですね。じゃあ今度飲みに行くか」

「やだ」

青山は即答した。あまりにも早いので八幡も吹き出してしまった。

「あんたと飲むなら大原部長呼ぶわ」

「ああそうですか、じゃあ明日の会議楽しみにしておりますぜ」

そう言い残して和田は休憩室から去っていった。

「相変わらず愛想無いでしょう?あんなのとは仲良くなれませんよ」

「そうか?むしろ楽しい奴だと思うよ?」

「あり得ませんって。それならとっくに恋人とか出来てるでしょ」

「関係ないでしょそれ・・・あぁ恋人と言えば青山さん連休中彼氏と会ってきたの?」

「会えるわけないじゃないですか。あいつ飲食だから連休中ずっと仕事ですよ」

青山は明らかに不満そうな表情で返した。

「確かポセイドンだっけ?最近道外にも出店したらしいね」

ポセイドンとは北海道内で展開する回転寿司チェーンである。値段設定は高めだが味の評価が非常に高く、連日行列ができるほどの人気チェーンだ。青山の彼氏である武部貴仁は現在函館の店舗に主任として勤務しているようだ。そんなポセイドンであるが2年ほど前から道外にも何店舗か出店してきているらしい。

「まああいつ学生の時から職人になりたいとか言ってたし、まあ本人としてはいいんじゃないですか?」

「でも遠距離って結構寂しいんじゃないの?それに連休になっても会えないなんて」

青山は返答に少し困ったがはっきりと返した。

「まあ寂しくてもオンラインゲームではつながってるんで大丈夫です」

「現代的だね。俺なんか嫁さんと別々とか耐えられないよ」

そう言って八幡は吸殻を灰皿に放り投げた。

「でも、あまり強がるなよ、青山さん」

そう言うと八幡は休憩室から去った。一人残された青山は残った紅茶を飲むと少しの間考え込んだ。確かに毎日何かしらで連絡を取っているから寂しさはない。だがそれでも心のどこかに満ち足りなさを感じているのも確かだ。ならいっそ彼の元に行った方が良いのだろうか・・・。別に今の会社を定年まで勤めあげたいと思うほど愛着はない。でもだからと言ってすぐに会社を辞めて武部と暮らすのも経済的に不安な部分もある。そう思っていると休憩室に望月が入ってきた。

「あ、お疲れさまです」

「お疲れ」

望月はふと青山の表情を見た。特段いつもと変わらないがどこか寂し気な様子だ。

「あの、青山さん」

「ん?どうしたの?」

「・・・さっき、和田さんとお話ししてましたよね?」

どうやら彼女は外から休憩室の様子を窺っていたようだ。そのことになんとなく気づいた青山は「うんそうだけど」と返して続けた。

「望月さんも入ればよかったのに。別に遠慮することないよ」

「え、いえ、別に遠慮とかそういうことは・・・」

「あ、ひょっとして和田と話すの怖い?」

「い、いえそんなことないです!むしろ・・・なんていうか・・・優しい人なんだなとは・・・思います」

望月は話している中でだんだん頭が真っ白になっていく感覚を覚えていた。彼女自身和田についての話題となるとどうしても冷静でいられなくなる。現にあの日以来彼の顔をまともに見ることが出来ていない。

「優しいか・・・なんからしくない感想だなぁ」

「あの・・・お二人って、お付き合いされてたりはしませんよね?」

青山は口に含んだ紅茶を吹き出しそうになった。それと同時に笑いだしてしまった。

「いや・・・そんなわけないじゃん!なんであんなのと付き合うのさアハハ!」

「え、でも見た感じ結構仲良さそうでしたよ?」

「そんなのあいつが一方的に突っかかってるだけだし!私はあんなのに興味無いです!」

青山はきっぱりと言い放った。その様子に望月はどこか言い表せない不快感を覚えていた。それが何によるものかは分からない。だがこれ以上この場にいると息苦しくなると思い彼女は休憩室を去った。

「そうですか・・・じゃあ失礼します」

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