三十三話 雪風、孤独な任務の中で

1943年春、第16駆逐隊において健在で戦線に立ち続けていたのは、雪風ただ一隻だった。僚艦の天津風は修理を終えて再び前線に姿を現したが、初風は損傷が激しく、7月まで修理に入っていた。孤独な任務を担う雪風は、3月末から4月にかけてソロモン諸島、そしてニューギニア方面の過酷な輸送任務に奔走していた。


4月2日夜、雪風は天霧、望月とともにサンタイサベル島のレカタ基地へ向けて出撃した。兵員300名とともに、弾薬、糧食合わせて250トンを運ぶ任務だった。船倉には土埃にまみれた陸軍兵士が肩を寄せ合って座り、静かに目的地への到着を待っていた。


「伊豆少尉……この辺り、敵潜はいませんよね?」


不安げな眼差しを向けた若い兵に、伊豆涼介少尉は穏やかな笑みで答えた。


「雪風は沈まん。お前さんが陸に上がるまでは、俺らが絶対に守る」


兵は目を潤ませ、黙って深く頷いた。


輸送は無事に完了し、4月3日未明にはブインで第38号哨戒艇と合流、輸送船団を護衛してラバウルへ帰還した。艦内に張り詰めていた緊張も一瞬ほど緩み、給糧員が炊き出しの準備を進める中、伊豆は艦橋で空を見上げた。


「この空が、いつか本当に晴れる日が来るのか……」


そんな独り言に、すぐ後ろから声がかかる。


「伊豆、次の任務が下ったぞ。ニューギニア、フィンシュハーフェン行きだ」


「またですか……」


4月10日、雪風は五月雨とともに、ニューギニア島南側航路を進んだ。空襲を避けながら進むルートだったが、途中で敵偵察機に発見され、計画は中止。雪風と五月雨は一度ラバウルへ引き返した。


「くそ……また振り出しか」


だが翌12日、再び北側航路から出撃。目的地はフィンシュハーフェンからツルブへ変更され、13日に無事に兵員と物資を揚陸した。短い揚陸の合間、伊豆は陸軍中尉と交わした一言が心に残っていた。


「お前さんら駆逐艦が来てくれると、命拾いするよ。ほんとうに、ありがとな」


「こっちも、陸が守ってくれんと、戻る場所がないんでな」


その後、18日には水上機母艦「神川丸」のトラック泊地までの護衛任務を遂行。21日、無事に到着した雪風は久々の整備を受けることができた。


そして、4月27日。艦内に新たな風が吹いた。第16駆逐隊司令が荘司大佐から島居大佐に交代となり、雪風に正式に着任したのだった。


初対面の朝礼、艦橋で整列する乗員たちに向かって島居大佐は厳しく、だが柔らかい口調で語りかけた。


「私は諸君に命令するためだけに来たのではない。皆の命を預かる者として、共に戦う」


その言葉に、伊豆は直立したまま、じっと目を閉じてうなずいた。


新たな司令の下、雪風の戦いはまだまだ続く。だがこの日、伊豆の胸には確かな希望が灯っていた。


(俺たちは、まだ戦える。いや、戦わなきゃならん)


太平洋の蒼い海は、今日も波を静かにたたえていた。

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