40 反抗の幕開け
「客入れが始まった」
大量の配線に囲まれた中で、しずくがモニターを見つめ言った。その様子をあたしと、あみなと、マナ姉と――さらに数人の人たちが、固唾を飲んで見守っている。
あたしたちが宣言したのは『対バン』だ。だから、こっち側もお客さんが必要。とはいえ只今ネット空間は大嵐。海外で巻き起こっていたB4d Pr0dμ(7sとサトウマリンに関する話題がついに日本上陸し、あたしたちは両者とも賛否両論どころではないカオス状態になっている。そんな中でサトウマリン側が『本公演の出演者はサトウマリンのみであり、他アーティストのゲスト出演は予定していません』とアナウンスを出したせいで、今日の『対バン』にはネット中が関心を寄せていた。
だから下手に広い会場を用意して、騒ぎ目当てのファンでもない人や過激化したサトウマリンファンなんかに来られても困る。それで色々考えた結果、ファン一号ちゃんたち信頼できる古参の皆様へここ『すぴんてる』にお越しいただいたというわけだ。二日前からお店を貸し切らせてもらって、しずく宅の機材をズラリと並べた。
「オッケー! お待たせみんな! もうすぐ始まるよ!」
「……ごめんなさい。みなさんも共犯みたいになってしまって」
付いていくよー! と声援がお客さんから聞こえる。客席とステージの境目はもはやほとんどなく、ファン一号ちゃんが平然とあたしのマイクスタンドを調節してくれている。流石は古参ファン、いい人たちに好かれたな。
「行くよ……!」
しずくの合図に応じてあたしたちは目を閉じ、『もう一つの景色』に意識を集中させる。幾千もの青い光がほとばしるネットの海で、海賊船B4d Pr0dμ(7s号は出港した。目指すは島々を結ぶ中枢、『サトウマリン』のライブシステム。
やはり今回もまりんちゃんが出現するのは、シンシージー社の関連世界のようだ。それどころか仮想と現実の融合ライブ用に専用の仮想空間まで新設されている。招かれざる客であるあたしたちの行いは、事実上ハッキングによる不正アクセスに他ならない。体当たりする勢いのあたしたちを、分厚いセキュリティーの壁が阻む。
「っ、セキュリティーが想定以上に硬い」
「警戒されてるのね、わたしたち」
「頑張って、しずくちゃん!」
バーチャル空間のしずくから大量のゼロとイチが溢れ出て、現実世界では床に置かれたコンピューターが轟音でファンを動かしている。彼女の首元には氷枕が巻かれ、融けきる前に颯爽とファン一号ちゃんが新しいものと交換していくのが見える。
「マズい、向こうが開演した」としずくが顔中を汗で濡らしながら呟く。壁の向こう側にいるまりんちゃんは、記憶より何倍もキレイな姿になってステージに立ち、スタンドマイクを握った。御津川が昔言っていたことを思い出す。たくさん売れて、その分高級な衣装やメイクが用意できたんだろう。そのまましっとりとした旋律へ、遥かに上手くなった歌声を心地よく乗せていく。
「大丈夫、まだ間に合うわ。落ち着いて」
「しずく……」
あたしは〈ロマンサー〉のストラップをギュッと握り、しずくの姿を見守った。いつ突破口が開けてもいいように、あたしたちはその場を動けない。ただじっと、しずくのことを信じた。
二曲目、三曲目とライブが進んでいく。手を伸ばせば届きそうなのに、あたしと彼女の間にはあまりにも大きな隔たりがあって、あたしたちの声は何も届かない。こっちからはずっと見えているのに。歌と歌の合間に見せる寂し気な影が、はっきりと見えているのに。
「……ダメだ。これ以上は…………ごめん」
しずくの手から、エナジードリンクの空き缶がこぼれ落ちる。激しく流れていた青白い奔流が消えていって、現実世界のちっぽけなお店に景色が戻っていく。まりんちゃんの姿がどんどん遠くなっていって、ついに見えなくなってしまった。
「ううん、大丈夫だよ、しずく。無茶させてごめん」
あたしはアンプからシールドを引き抜いて、肩で息をするしずくに手を添えた。そして、あみなとマナ姉に視線で伝える。
「れんげさん……本当に、やる気なの」
「本気、なんだね?」
あたしがうなずいたのを見て、あみなもシールドを外し、マナ姉がステージ袖からキャリーバッグを引っ張り出した。それが返事だった。そのまま観客席に声をかけようとしたところへ、右手を強く掴まれる。しずくだった。
「待って……わたしも、行く……」
「しずく……!? でも……」
「最後まで、後悔なくやりきる……みんなで、そう決めたじゃん」
「……分かった。行こう」
フラフラとしずくが立ち上がり支度を始める中、改めてあたしは観客のみんなに伝えた。仮想空間越しじゃ、やっぱりまりんちゃんに会うことは叶わないらしい。
だから、最後の手段。
あたしたち四人で、現実世界のライブ会場に殴り込む!!
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