39 理想へと向かう雷鳴

『いらっしゃいませ』


 あたしたちを検知した店員ロボットが次々に挨拶してくる。外見に反して店内は模様替えされていた。天井近くで『在庫処分セール』の垂れ幕がエアコンの風に揺れている。一抹の不安がよぎった。もしかして、もういなくなってしまったのでは……。あたしはしずくを引きずりながら店の奥まで進み、ギターコーナーを探した。


 見つけたコーナーは大胆に配置換えされていて、アコースティックギターとレスポールが主役を張っている。置かれた電子ポップにはそれらを演奏するシンガーソングライターの写真がスライドショーにされていた。ふーん、どうやらシンシージー社の予測通り、世間はソロアーティストブームのようだ。あるいはそう流行らせたのか。


 その後ろにテレキャスターとストラトキャスターがあって、あの日同じ並びにあったはずの他のモデルは『その他エレキギター』としてひとところにまとめられてしまっていた。多弦、変形、前使用者の改造付き。隅に追いやられてもなお個性を主張する色とりどりのギターたち。みんな魅力的ではあるけれど、ごめんね。あたしの目当ては最初から決まっている。


「……! やっと、だね」

「あったんだね。れんげちゃんの求めてたものが」

「うん。あたしがここで初めてエレキギターを触った時から、ずっと記憶に残ってたの」


 大胆に横線を引かれ、SALEの文字と共に半額にまでされてしまった値札を提げられても、全く色褪せずに。黒いネックヘッドに赤々と刻まれた〈ロマンサー〉の名は、静かに力強くそこであたしを待っていた。


「試し弾きしてみたら?」

「してみる。でもせっかくなら、みんなで音色を聴きたいな」

「ぜぇ、はぁ……なら、いい方法、ある……」


 まだ息が整わないしずくがそう言って、店員ロボットが持ってきたシールドを自分に繋げるよう促された。どうやら彼女がハブとなって全員に音を配信してくれるようだ。そんなことできるなんて流石しずく。


 あたしは両手で〈ロマンサー〉を持ち上げ、その質量に驚く。多分テレキャスターより1キロくらいは違うかもしれない。その重さの理由は、身に着けたことで理解できた。


「これ……金属だ」

「ちょっといいかしら? ……へぇ、メタルボディなのね。初めて見たわ」


 普通、エレキギターのボディっていうのは木製だ。どんな木を使っているかは耐久性だけじゃなく音色にも影響する。あたしのテレキャスターは低価格な合成木材だけど、ひと昔前のギターや現代の高級ギターには天然のポプラやバスウッドから切り出した木材が使われている。


 だけどこの〈ロマンサー〉はそんな次元を飛び越えて、そもそも木じゃない素材でできていた。ギター未経験だったあの頃は、単純にデザインの特異性しか分からなかった。だけど今のあたしになら分かる。このギターは、普通じゃない。


 シールドをしずくに渡すと、〈ブレインネット〉に『Teardropさんがグループ通話を開始』という通知がポップアップする。〈ImagineTalk〉はテキストチャットだけでなく『思考通話』もできるのだ。通話に入り、あたしはピックをゆっくりと弦に当てる。そしてあたしは息を止め、ピックを振った。


 ――ツゥゥゥゥゥゥン……!


 凄まじいクリーントーンがみんなを貫く。氷のように冷たくて、光のように真っ直ぐ素早い。何者にも追いつかせない衝撃で、ダイレクトにあたしの脳を貫いて天まで駆け上がっていく。弾きながらしずくにゲインを上げてもらい、音を歪ませる。


「っ、くぅぅぅ……!」


 それも応えてくれるのか。思わず声が漏れた。雷鳴を思わせる轟きで、迫力ある鋭さと力強さを突き刺してくる。手を放しても余韻サスティーンが伸びまくって止まらない。どこまでも真っ直ぐにあたしの魂を震わせてくれている。運命みたいに、あなたはあたしを待っていてくれたんだね、〈ロマンサー〉。頭でリズムを取っているマナ姉も、腕を組んで目を閉じているあみなも、じっとあたしの演奏を見つめているしずくも。みんなもこの音色を好きになってくれたことが、表情で分かった。


「これが、あなたの欲しかった新しい音なのね」

「いいね。金属の腕で、金属のギターを弾く。れんげちゃんらしいよ。それじゃ、他に買うものとかはない?」

「……本当にいいの、マナ姉?」

「もちろん。だってこれは、B4d Pr0dμ(7sみんなのお金だから」


 最初の単独ライブから跳ね上がったアルバムやシングルの売り上げ。マナ姉がバイトじゃなくて音楽に時間を使えるように、って全額譲ったそのお金は、まだ半分以上が残されていた。……いいや、きっとこれはマナ姉が貯め直したんだ。あたしがもう一度音楽をやれるようになるために、必要なときに『バンドのお金』って言って出せるように。


「……ありがとう。絶対に、最後までやり切るから」


 店員ロボットが人間の店員を呼びに遠ざかっていく中、あたしはスタンドに戻した〈ロマンサー〉を見つめた。もちろん赤白テレキャスターだってあたしの大切な相棒。だけど今はこれから、人生で一番ブッ飛んだことをやりにいくんだ。そのためにはブッ飛んだ武器がいる。


 だからお願い〈ロマンサー〉、あたしに力を貸して。

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