鉄の剣

 そうして翌朝、俺は朝食のアルファ米をかき込みながら、昨日の依頼書を思い返していた。


 一枚はゴブリンの巣穴調査。期限は今週末、失敗すればゴブリンが大量発生するという最悪の事態になる。


 もう一枚は鉄鉱石の採取。今日中に終えれば、報酬として鉄製の片手剣が手に入る。こちらは失敗しても罰はないが、成功すれば戦力強化になる。


 つまり――。


「タマ。まずは、鉄鉱石を取りに行くぞ。剣を手に入れてから、明日ゴブリンの巣へ行く順番だ」


「うんっ! 響が戦うなら、ちゃんと武器を持ってないとだめだもんね!」


 タマが笑って頷き、耳をぴょこんと立てる。


 俺たちは地図を広げて現在地を確認する。鉄鉱石の採取地点は、昨日固定した倉庫のさらに奥にあたる。エルフキノコを取りに行った方向とは逆側、北の方角だ。


 そして、ゴブリンの巣穴の地点も、その先にあるように淡く光っていた。


「方向は同じか……」


 ゴブリンの巣穴が近いこともあり、途中で遭遇することも想定して注意深く準備を整え、俺たちは探索へ出発した。


 朝の森はひんやりとして、霧がまだうっすらと地面にかかっている。


 倉庫を通り抜けてさらに奥へ。岩肌が多くなり、木々の間を抜けていくと、やがて地面に開いた暗い穴が見えた。


 炭鉱跡――鉄鉱石採取地点だ。


 岩の淵には、細く錆びたレールが敷かれていて、かつてここが人の手によって整備されていた場所であるかのようだ。

 もしかしてここも俺たちと同じようにダンジョンに飲み込まれたのだろうか。


 俺はそんなことを考えながら炭鉱内に入った。


 足元は湿っていて、空気がひやりとしている。奥は真っ暗で、光源がなければ進めないような闇が広がっていた。


 俺たちは家から持参してきた懐中電灯で前を照らす。


「……ん?」


 炭鉱に入った直後、タマがぴたりと足を止めた。


 耳がぴくっと動き、鼻をひくひくとさせる。


「この匂い……血? それと、腐った何かの臭いが混ざってる」


 タマが顔をしかめ、俺の服をぐいと引っ張った。


「響、こっち何かいるよ。たぶん、強いの」


 俺はタマの警告を聞き、周囲を見回す。炭鉱の奥から、かすかに聞こえる、重たい何かを引きずるような音。そして暗がりの向こうからゆらりと、朽ちた鎧を着て、剣を持った異形の姿がうっすらと浮かび上がった。


 見るからにゴブリンとは比較にならない程の力を持っているだろう。


 それに鎧と剣、こちらの装備を考えると相手にしないほうがいいことは明白だ。


「死霊系の魔物か……」


 腐敗臭と血の匂い、鈍く動くそれは間違いなく、かつて人だったものが変質した存在。


 幸運にも音が聞こえていないようでこちらが発見されていない今なら余裕で逃げることが出来そうだ。


「戦うのは無理だ。迂回するぞ、別ルートがあるか探そう」


「うん!」


 俺たちは静かに踵を返し、炭鉱内の別ルートに向かった。


 やがてあまり整備がされていない場所へと行き着き、地下渓谷が見えた。その地下渓谷の途中の出っ張ったところに銀色に光る鉱石が見つかった。


「あそこだな。間違いない、鉄鉱石だ」


 だが、場所が悪い。渓谷の三メートルほどの落差があり、足場も悪い。滑りそうな斜面に命綱もない状態で降りるのはかなりリスキーだった。


「駄目だな。ロープがあれば降りられるけど、今日は持ってきてない。どうするか、後日改めるか……」


 そう言って諦めかけた時、隣でタマがふっと立ち上がった。


「私、行ってくる!」


「えっ、おいタマ!?」


「だって依頼は今日までなんでしょ? じゃあ、戻ってる時間ないよ」


 止める間もなくタマは猫のように軽やかに身を屈め、一気に下へ跳び降りた。


 黒髪がふわりと揺れ、猫耳がピンと立つ。獣人の身体能力は伊達じゃない。音もなく、砂利を蹴って綺麗に着地した。


「着いた〜!」


「お前……!」


 呆気に取られる俺をよそに、タマは素早く持ってきたピッケルを取り出し、鉱石を削り始めた。


 カン、カンと岩を割る心地よい音が炭鉱の静けさに響く。やがて、タマは綺麗な鉄鉱石を三つ抱えて再び壁をよじ登ってきた。


「はいっ、響。任務完了〜」


「……ありがとう」


 俺は鉱石を受け取りながら、心の中にわだかまりのような感情が残っているのを感じていた。


「……情けないな、俺」


「え?」


「今日も、またタマに全部やってもらってる。危険察知も、道探しも、採掘も俺、何もできてないよ」


 タマはきょとんとした顔をしていたが、すぐに少しだけ目を伏せる。


「私は、響の役に立てたから嬉しいよ? それに番だし困った時は助けるものだよ?」


「いや、まだ俺は番になると言ってないし……。それにタマだけに背負わせるような真似はどちらにしろしたくない」


 俺が言うと、タマは小さく首を振った。


「ううん、いいの。私は、響の隣にいたくて、役に立ちたくてそばにいるの。だから、気にしなくていいよ。それよりまだ番になってくれるって言ってくれないのかー」


 屈託のない笑顔で最後残念がりながら、そうは言ってくれるがこのままでいいわけがない。


 それは俺に恋心を寄せているタマの気持ちを利用していることになってしまうから。


まだ、その気持ちに応えられない俺は尚更、タマに背負わせてはいけない。


 俺は手にした鉱石を見下ろしながら、心に誓った。


「ありがとう、タマ。でも、俺もちゃんと強くなる。隣にいて、助け合えるくらいにはなりたいんだ」


「うん!」


 俺の決意表明にタマは笑わずに答えてくれた。


 無事に帰宅した俺たちは、玄関の木箱に鉄鉱石を入れた。


 するとすぐに、木箱がかすかに揺れ、中でカコンという音がした。


 蓋を開けると、中には無骨な鉄の片手剣が横たわっていた。


 刃は厚く、重みがあるが、握りはしっかりしていて扱いやすそうだ。


「これが報酬か。ようやく、武器が手に入ったな」


 ――いよいよ、ゴブリンの巣穴に向かう。


 準備は整った。


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