依頼書再び
――重い。息ができない。腹の上に何かが乗っかって。
「うぐっ……タマ、お前……」
ゆっくりと目を開けると視界に映ったのは黒い髪と少し欠けたのが特徴的な猫耳、そして人型であるのにも関わらず器用にまん丸に丸めた体。俺のお腹の上で、タマが見事な香箱座りをしていたのだ。
「ふにゃ……もう朝?」
タマはぽけっとした顔でこっちを見てにへらと笑う、そしてハッとしたように飛び退いた。ぴょんとベッドの上を跳ねて俺の横に転がる。
「ご、ごめんっ! なんか気持ちよくて、つい……」
猫だった頃のクセだとは思うが、人型の今はさすがに体重もそれなりにある。寝起きで腹にダメージを受けるのはキツい。
でも、どこか懐かしい感じもした。
身支度を整え、保存食の乾パンを二人でかじり、俺たちは外へ出た。
朝の空気は冷たいが、空は雲1つない快晴だ。玄関に吊るされた魔物避けのカンテラの青い火がかすかに揺れている。
「今日もちゃんと光ってる。よし、偉いぞ! タマの次にだけど」
「おいおい、アイテムと張り合うなよ」
昨日、地図固定用の紙に書き込んだ一帯。ダンジョンという空間が1日ごとに変化する中、果たしてそれが本当に効力を発揮しているのか。
石畳のトラップ跡、妖精を見つけた林道、キノコの岩陰。すべて、昨日と同じだった。
「変わってない!」
タマが尻尾をぶんぶんと振りながら、何度もあちこちを確かめる。草の踏み跡、木の折れ方。獣としての勘も総動員しているようだった。
「よし。これで一帯は固定済みと見ていい」
「じゃあ次は、おうちの周り、囲むように書いてくんだよね?」
「ああ。拠点の安全を確保しておけば、何かあってもすぐ戻れる」
俺たちは家の周囲を円を描くように、慎重に歩きながら探索していく。
迷路のようにくねった道、獣道のように木々を縫う小道、小さな空き地、そして倒木。タマはその度に耳をぴくぴくと動かし、何かの気配がないかを確かめてくれた。
「……水の音?」
タマが耳を澄ませてつぶやいた。
そのまま藪をかき分けて進むと、岩の裂け目から澄んだ水が湧き出している小さな泉に辿り着いた。
「水源……?」
試しに手ですくってみると、冷たく澄んでいる。近くには小さな白い花が群生していて、柔らかい香りが漂っていた。
「ここ、記録しておこう」
俺は手早く地図に泉の位置を書き込み、用紙に写して固定をかけた。紙が淡く光る。
さらに西へ進むと、朽ちた木造小屋を見つけた。板壁が一部崩れていたが、屋根は残っており、内部もある程度のスペースが確保されている。
「倉庫か……? 使えるかも」
「秘密基地っぽいよ! すごい!」
タマははしゃいで中に入って走り回る。扉が落ちていて、換気も良好。魔物の痕跡も見当たらない。
これもまた地図に記録し、固定。家から少し距離はあるが、第二拠点として利用できる可能性があった。
探索を終え、俺たちは固定済みのルートを通って無事に帰宅した。
家の前まで戻ってきた瞬間、俺は異変に気づいた。
「……あれ? 木箱、開いてる?」
昨日、依頼書を取り出したあの小さな木箱。普段は閉じている蓋が、今は少しだけ開いていた。まるで何かが入れられたばかりのように。
俺はそっと蓋を開き、中を覗き込んだ。
中には、やはり依頼書――しかも二枚入っていた。
一枚目を取り出して内容を確認する。
《調査依頼:ゴブリンの巣穴調査》
《達成条件:洞窟にてゴブリンの営巣活動の調査。可能であれば頭数も確認。調査報告書を木箱に提出》
《場所:固定化地図に詳細》
《報酬:力のスクロール》
《〆切り:今週末日没まで》
《備考:今週末までに未達成の場合、ゴブリンが大量発生し拠点の危険度が上昇します》
「……な、にこれ」
思わず声に出す。昨日までの依頼書には、こんな失敗時のペナルティなんて記載されていなかった。
「これ、放っておいたらゴブリンが増えるってことだよな……」
背筋に冷たいものが走る。
俺がもう一枚の依頼書に目を落とす。
《採集依頼:鉄鉱石3つ採取》
《採集場所:固定化地図に詳細》
《報酬:鉄製の剣(片手用)》
《〆切り:翌日まで》
《提出方法:玄関前の木箱》
「こっちは、明日中か。でも、失敗しても問題はないみたいだな」
俺はタマのほうを見た。
何故ならゴブリンの巣穴調査をさせたくはなかったからだ。
タマは強いが、万が一があるし死んだほうがマシというような目に遭わされる可能性もある。
だから、俺はゴブリンの方の依頼書を隠して後で自分だけで理由をつけて一人で行って達成しようと思った。
確かに俺一人ではゴブリンに立ち向かうのはまだ難しいかも知れないがこれは調査のみだ見つからないように行って帰ってくればいい。
その前にタマは依頼書の文字を覗き込んで、すぐに眉を寄せた。
「ゴブリンの巣穴って、もしこれ放っておいたら、いっぱい出てきちゃうかもだよね。あれ弱いけど多いと疲れるから早めに行こうね」
「いや無理に行く必要は、それにこれは俺だけで……。タマに頼ってばかりじゃさ――」
言いかけた俺の言葉を遮るように、タマは真剣な表情で言った。
「駄目、響弱いもん。だから一緒にね」
「ぐっ……」
「私が守らなきゃ。」
言い終わるや否や、タマは素早く俺を押し倒した。背中が畳に沈み、顔が近い。
「ちょっ……タマ?」
「ふふっ、響ってこうすると、慌てるんだね」
猫のようにしなやかな動きで覆いかぶさってくる。獣の耳が揺れ、瞳が真っすぐ俺を見下ろしている。
「おい、何する気だ……?」
呼吸が跳ねる。心臓がやけに速い。
だがタマがしたのは、俺の頬にそっと唇を寄せるだけだった。
妖艶な笑みを浮かべ、タマはふにゃっと微笑んで身を引いた。
――なんだ、キスだけかよ……って、落ち着け俺。
そう思いながら上半身を起こすが、頬が火照っている。心なしかタマのしっぽがぴんと立っている。
そのまま何事もなかったかのように俺たちは、保存食のアルファ米と缶詰を使ってご飯を済ませる。
「は〜、お腹空いた〜! やっぱりお米だねぇ!」
「ちゃんと手で食うなよ。箸使えよ」
「わかってるってば!」
タマが少し慣れてきた箸を使いながらも、ちょっと手を使いそうになるのを注意し、俺も食べ始めた。
――やっぱり、さっきのことが頭に残って妙にそわそわしていた。
キス。頬だけとはいえ、タマの唇は柔らかくて、あたたかくて。
俺の中ではまだ飼い猫だった頃のタマの印象が強く残っている。
けど今、目の前にいるのは、獣人で、女の子で――。
「響? 体調悪い?」
「いや、そんなことないよ」
タマに心配されて、慌てて首を振る。
――冷静になれ俺……。
食後、誰が依頼書を入れているのかやはり気になる。
「なあタマ。誰かが依頼書を入れてるみたいだけど、やっぱり誰かの気配って感じなかったか?」
「ううん、匂いもしないよ? 私の鼻でも、全然」
「ってことは、やっぱり誰かが直接入れている訳じゃないのか……? 」
魔法的な手段で転送されてるのか、それともこの家そのものが依頼を受け取る拠点にされてるのか。
とにかく情報が足りないし、俺自身の力も足りていない。
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