第8話 きっと鳥になる
夏至祭の目玉の催しが始まる前のほんのわずかの時間のこと。
舞台の炎が強くなり、何か高い音の打ち物と鈴の音がした。
「・・・ああ、今日は家令のあの
女官である母が、そう呟いた。
家令。
宮廷の内外を縦横無尽に動き回る人間達。
名前は全て鳥の名前であって、"宮廷の悪い鳥"、または"ステュムパーリデスの悪魔の鳥"と呼ばれる。
そしてそれは父の事でもある。
母は若い時に、父である家令と結婚をし、自分を産み、さっさと離婚をした。
自分は母の実家で育てられ、二年前に母の仕える女皇帝の宮廷に出入りを許されていた。
華やかで賑やかな事が好きな女皇帝の意向で、催事は宮廷に使える人間達の家族にも解放されるから、今日の夏至祭の人混みも相当だ。
さて、父はどこにいるのかとあたりを見回したが、全く分からない。
そもそも家令は黒い服を着ているから、夜は見つけ辛いだろうし、大体、数えるほどしか会ったことのない父である。
ヒョイとぶつかっても、お互いを認識できるかも怪しい。
そもそも今日、ここに来たのは、数ヶ月前に、総家令が母のところに来たらしい。
"お宅の息子は来年あたり十五であるが、そろそろ家令になるかそうでないか決めなくてはならない"、とそのような事を言われたらしい。
「・・・忌々しいけれど。男親が家令なんだから仕方ないわ。
女家令から生まれた場合は、そのまま問答無用で家令の身分。
男家令が父親の場合、ある程度の年齢になったら、家令になるか、それともそのその世界の外側で生きる、宮廷では
「家令なるなら一生家令。宮廷の中核で生きていくの。私達女官や官吏とは生き方の理由が、覚悟が変わる。・・・家令にはならないで、
この夏が終わるまでに決めろと総家令はそう言ったらしい。
総家令。
家令の長。宮宰。皇帝の半身。宮廷の番人。
いろいろな形容詞は思いつくけれど。
突然、人々の間から、歓声が上がった。
城のバルコニーが明るくなり、人の気配がした。
「・・・・陛下だわ。礼を尽くしなさい。・・・・隣が総家令よ」
母にならい、その場にいた人間達と同じように腰をかがめ、礼をした。
しばらく後に人々が半身を起こし、バルコニーを見上げると、思うより小柄な女が手を振っていた。
その隣にそっと控えている男が、総家令。
彼もまた、人々に独特の礼を返した。
それが家令の所作であるらしい。
総家令には女皇帝の間に太子が一人。
なかなか難しい立場であろうと母がいつか言ったのを覚えている。
「・・・陛下のご機嫌一つで命すら左右されてしまうかもしれないのよ。大貴族の出の皇后や継室ですらそうなんだもの。総家令とは言え、綱渡りでしょうよ」
少し同情的にも聞こえるのはやはり、かつての夫の上司に当たる人物だからか、それても同じ宮廷に関わる人間としての共感だろうか。
鈴の音が大きくなり、花火がいくつも上がり、人々が歓声をあげた。
薪がくべられ、炎が上がった。
緑にも青にも見える不思議な炎が火柱と燃え上がった時、仮面と鮮やかな衣装をつけた演者が左右から飛び出して来た。
群衆から拍手が上がり、それに答えるように彼らは高く跳び、派手な演技を繰り返した。
なんという身体能力の高さだろうか。
彼等が動く度に、手足の鈴が鳴り、打楽器が響き、大きく炎が揺れる。
思わず見入ってしまった。
女と思われる豪華な衣装の演者が優雅で巧みで、その体の先の先まで、ピンと通った神経が見えそうであり、まるで指先に炎が灯っているかのように人を惹きつけた。
そして、美しく繊細な衣装である男の方がまた、圧倒的な存在感があった。
大きな鉾を空高くふるい、力強く、跳ぶ、跳ぶ。
彼が、舞台いっぱいに宙返りを繰り返す大技が出る度に、人々が拍手喝采をする。
そして、二人の動きと声のなんと言う調和。
聞こえて来た金属が震えるような歌声に、体が震え、脳髄まで痺れそうだ。
これが、家令。
蕩然としていた人々が、わあっと声をあげたのに、圧倒されていた理央ははっとした。
舞台で、舞手が仮面を取って人々の歓声に応えていた。
「・・・まあ、あの子達・・・男と女が入れ替わっていたのね・・・」
呆れたように、感心したように母が呟いた。
あの大技を女がやったのか、と
女は派手な動作で大鉾を無造作にくるくると回して、兄弟子に投げて、改めて人々に礼を返した。
男の方は、鉾を受け取り驚いた顔をしたが、すぐに笑顔で、妹弟子に何か話していた。
二人とも満足のいった舞台だったのだろう、高揚した様子で、観客達に何度も手を振り、優雅な家令の礼を尽くした。
・・・あまりにも美しく、心が震えた。
「・・・母さん、あの人たちは、家令の、誰?」
「あれは、
振り向いてそう言った母が、言葉を一度止めた。
息子の表情に、何か感じたようだった。
仕方ないね、と小さく呟く。
「・・・少し待っておいで。紹介しましょうね。お前の
そう言われて、
きっと、宮廷の鳥に、家令になろう。
15歳の少年は、そう決めていた。
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