Day2 風鈴
仕事を辞めてぶらぶらしていたら、祖母の家の片付けを手伝ってほしいと頼まれた。頼まれたというか、ほとんど強制だった。まあ、忙しい親世代より、体力と時間を持て余している若い男がいるのなら駆り出されるのも当然だと思う。
祖母の家は正月の地震で半壊の認定を受け、解体されることが決まった。十年ほど前に祖母が亡くなってから、長男である伯父が県庁所在地から通って何かと世話をしていたけど、とうとうそういう決断に至ったらしい。
仕事を辞めて、病院に行くのも止めて、ほんとうに何もせず日々を消化しているだけだった。交通費は出してくれるし、ライフラインは復旧しているから、片付けの間住むのには困らないと聞いて分かったと答えた。とにかく、東京から離れられるのがありがたかった。
どれくらいの期間滞在することになるかも分からなかったので、適当に荷造りして新幹線に乗り、電車とバスを乗り継ぎたどり着いた。するとそこには既に従姉妹のみなみがいた。
「ヒロじゃん。久しぶり。ヒロも頼まれたの?」
「みなみも?」
うん、と軽い調子でみなみは答えた。ひとつ年上のこの従姉妹は、なるほど自分以上に時間を持て余していてもおかしくない。どうしてそれを教えてくれなかったのかと、親たちの適当さに呆れたが、続くみなみの言葉に納得した。
「島田のおばさんち、覚えてる? おじさんが片付けてるから、挨拶してきなよ。あっちの方がぐちゃぐちゃで、おじさんはそっちにかかりきりなんだって」
祖父の本家筋に当たるその家は、祖母の家よりもずっと古い。仕事の合間に、まだ復旧していない悪路を何時間もかけて通うのは大変そうだ。とにかく祖母の家に集中できる人手が必要だったのだろう。坂下にある古い家を訪ねると、そっちは祖母の家以上に崩れていた。
「おうヒロ、遠いとこ悪かったな。よろしくなあ」
「ご無沙汰してます。でも、みなみがいるのは聞いてなかったっすよ」
「そうか? まあいいだろ。一人でやるのは大変だぞ」
どうやら一人で作業している伯父が言うと説得力があった。はあ、と曖昧に頷くと伯父は目を細めた。
「母屋と納屋と、片付けてほしいんだ。仏壇もな、処分することにしたから。あの家、壁や屋根が崩れちまったけど、風呂も台所も無事だから、生活するには困らないだろ」
本当にそうか? 買い物は? ネット環境は? と思ったけど聞いてもしょうがない。車を一台貸してくれるというので、破格の待遇であることは間違いなかった。鍵を預かって礼を言い、また坂を登って戻る。
改めて見ると、なるほど祖母の家は屋根瓦が落ちて二階の窓や納屋の屋根にはビニールシートが被せられていた。それでも、基礎はしっかり残っていて、途中で見かけたぺしゃんこの家屋とはちがってまだ住めそうに見える。
ほんとうに、解体しなければならないのだろうか。
広い玄関の土間で、みなみが靴箱を開けていた。
「お帰り。ねえヒロ、これそこに飾って。私じゃ届かない」
「風鈴?」
「そう。見つけたの」
片付けに来たはずなのに、ものを飾るのはどうなんだろう。そう思わないではなかったけど、みなみがあまりにも屈託なく笑うので反論する気が失せた。
みなみは昔からこうだった。子供の頃から、黒目がちの瞳はどこか小動物めいていて、長いことじっとしていられない。背中まで届く髪を高いところでひとつに結んで、Tシャツとショートパンツ姿なのもなんだか懐かしかった。
この件に駆り出されたのが、自分とみなみだったのもまあ、分かる。どちらも社会のレールから弾き出されてしまったみそっかす。集団になじめないふたり。集落のみんなが避難して、うらさびれたこの場所で、解体する家の片付けなんて寂しい仕事をするにはお似合いだ。
言われたとおり、玄関の桟に風鈴を下げると、ちりんと透き通った音がした。
みなみはスマホを出してぱしゃりとその写真を撮った。こちらを振り返らず画面を操作しながら、間延びした声で言う。
「ヒロ、カメラ持ってきた? ごっついやつ」
「いや……」
はっきり答えなくても、みなみは気にしていない様子だった。
この風鈴が、あの夏あの家で、最初に手にしたものだった。それは今も、小さな部屋の軒先で揺れている。
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