第41話 アリスターの告白

ダリルが静かに一礼して、そっと扉の向こうへと戻っていった。


 扉が閉まる音が、夜の静寂に吸い込まれていく。


 エリーゼはしばらくその場に立ち尽くしていた。夜空を見上げる。星々は、何も語らず、ただそこにあった。


 (本当に……あの人は、強いな)


 聖女を想う心も、過去と向き合おうとする覚悟も。


 気づけば、胸の奥が少し熱かった。


 そのとき、再び扉がそっと開いた。


「……アリスター?」


 金色の髪が月明かりを受けてきらめいた。ゆっくりと現れたのは、自称「ボク」の魔法使いだった。白と紺の装束に身を包み、相変わらず気品に満ちているが、どこか様子が違って見える。


「やっぱり、ここにいたんだね。……ダリルとは、もう話し終わった?」


「あ、うん。さっき戻ったよ。……もしかして、探してた?」


 エリーゼの問いに、アリスターは一瞬言葉を詰まらせた。だが、すぐにいつもの調子で微笑みを浮かべる。


「まぁ、そうとも言えるかな。君が夜空を見上げてるときって、大抵……何かを抱えてるときだから」


「……ふふ。そういうの、よく見てるね」


「ボクは、観察力も鋭いからね」


 エリーゼは小さく笑い、柵にもたれたままアリスターに視線を移した。彼は隣に立ち、星空を仰ぐ。


 「綺麗だね、星空。……何だか、全部見透かされてるみたい」


「うん。……なのに、何も教えてはくれないんだよね」


「そうだね」


 しばらくの沈黙が流れた。遠く、街の灯りが瞬いている。風が二人の髪を揺らした。


「さっき、ダリルと何を話してたの?」


「クラリス様のこと……それから、あの国のこと」


「そう……あの国、ね」


 アリスターは、少しだけ目を伏せる。そして、ふとエリーゼのほうを見た。


「……エリーゼ、君はどうなんだ?」


「え?」


「ボクたちみんな、いろいろな過去を抱えてる。でも、君のことは……ちゃんと聞いたことがなかった気がする。君は、怖くないの? またあの地に足を踏み入れるのが」


「……怖くないって言えば、嘘になるよ。でも……」


 言葉を探すように、エリーゼは空を見上げた。


「でもね。わたし、あのとき確かに思ったの。“もう二度と、あんなふうに誰かを失いたくない”って。……わたしは、この手で、守れるようになりたいの。たとえ何度だって、立ち向かってやるって」


 その言葉に、アリスターは微笑んだ。だが、どこか寂しげだった。


「……やっぱり、君は強いね。ボクなんかより、ずっと」


「え? 何かあったの、アリスター?」


 エリーゼの問いに、アリスターはふっと苦笑した。そして、まっすぐに彼女の瞳を見つめた。


「エリーゼ。ちょっとだけ、聞いてくれるかな。……ボクの、わがままを」


「……うん」


 アリスターは、一歩前に出て、両手をポケットに入れたまま、静かに言葉を紡いだ。


「ボクはね。ずっと、自分のことしか信じてなかった。自分の美貌、自分の才能、自分の未来……ボク以外の誰かを、こんなにも想う日が来るなんて、正直、思ってもみなかった」


 エリーゼは、少しだけ目を見開いた。


「それが誰なのかは、もう君には……わかってるのかもしれない。でも、戦いを前にして、どうしても言っておきたかったんだ」


 金色のまつげが夜風に揺れる。


「……ボクは、君が好きだよ、エリーゼ。君の強さも、優しさも、笑顔も、全部――他の誰でもない、君が」


 エリーゼの口から、わずかに息が漏れた。


「……アリスター」


「もちろん、困らせたいわけじゃない。君には、君の思いがあるだろうし、ボクと誰かが結ばれることなんて、想像もしなかった。ただ……自分の気持ちに嘘をつくのは、もうやめたかったんだ」


 彼の瞳は、まっすぐにエリーゼを捉えていた。ナルシストの仮面を脱いだ、その奥にある素の想いが、夜風の中で確かに伝わってくる。


 言葉はすぐに出てこなかった。

 胸の奥が、何か温かいもので満たされていくのを感じていた。

 でも、それが“恋”なのか、“信頼”なのか、自分でもまだよくわからなかった。

「……ありがとう、アリスター。ちゃんと、受け取ったよ」


「……うん。それだけで、十分だよ」


 アリスターはふっと笑って、肩をすくめた。


「さ、そろそろ戻ろうか。明日も早いしね」


「……うん」


 ふたり並んで、扉のほうへ歩き出す。


 背中越しに、エリーゼはふと問いかけた。


「ねえ、アリスター」


「ん?」


「その“誰かを大切に思ったのは初めて”って……本当?」


 アリスターは足を止め、振り返らずに答えた。


「――本当だよ。今までは、自分のためにしか戦えなかった。でも、今は……君のために戦いたいと思ってる」


 その言葉は、月明かりよりも澄んで、星々よりもまっすぐだった。

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