第9話 聖教国マケドニア神官レオ ダリル=ベルトレインの追放劇を語る

◆新たな仲間ダリル!目的地はここだ!◆


焚き火がぱちぱちと音を立てて燃えている。夜の森は静寂に包まれており、たまに木の枝を渡るフクロウの羽音が聞こえるだけだった。


 エリーゼはマントにくるまって火のそばに座り、地図を広げていた。その傍らで、ダリルは項垂れうなだれたまま黙り込み、アリスターは持ってきた手鏡で自分の顔を見つめながらため息をついている。


「……さて、どうしたもんかね。東はボクがかつて追放された王国。北はダリルの魔族の巣窟、マケドニア聖教国。そして南には……あれだ。エリーゼが婚約破棄と追放されたレインハルト王国」


 アリスターが指で地図をなぞる。


「残るは……西、か」


「はあ……西も大した希望はありませんけどね。灼熱しゃくねつの砂漠、魔獣がうようよ、国境警備も厳しいし、なにより――」


 ダリルが暗い声でぼそりと呟く。


「拙者が昔、迷って三日で引き返した場所です」


「おお、ならば行く価値がある。君の人生に汚点を残した場所こそ、浄化と再生の地となり得る。見ろ、我が瞳に映るこの輝き。再び挑戦するにふさわしい旅ではないか!」


「いやいや、なんで自分の顔見ながらそんなこと言えるんですか。鏡、しまいなさいよ。火の明かりで余計に照らされて気持ち悪いです」


 エリーゼの容赦ないツッコミに、アリスターはふふんと笑った。


「我が美は火にも勝る」


「うるさい!」


 エリーゼがため息をついて、もう一度地図に目を落とす。


 確かに今の三人には、選択肢がほとんど残されていなかった。


 東――は、アリスターが追放されたので入れない。戻れば即座に捕らえられるだろう。


 北――マケドニア聖教国は、ダリルが追放された地であり、魔族の陰謀がうずまいている。現時点で突入すれば、自殺行為も同然だった。


 南――その名を聞くだけで、エリーゼの眉間に皺が寄る。エリーゼが婚約破棄と追放された場所。彼女を裏切った者たちがいる地だ。


「……西に行くしか、ないか」


 エリーゼがぽつりと呟くと、アリスターが大仰に頷いた。


「そうだな。西こそ、ボクらが未来を照らす新天地。荒野、山脈、そして砂漠の向こうにある神秘の国――ラグナス帝国。あの国は技術と魔術が融合する進んだ地だ。美しい私のような者が行けば、歓迎の宴が開かれるだろう」


「自己評価高すぎじゃないですか……ていうか、私たち、追放者ですよ? 旅の身で、歓迎されるわけないでしょ」


「……歓迎されなくても、歓迎されたと思い込む精神が、生きる力になるのです」


 ダリルがやけに深い声で返してきた。やけくそ気味のアドバイスだったが、なぜか少しだけ重みがある。


 かくして――三人は西を目指すことに決めた。


◇ ◇ ◇


 西方への旅は想像以上に過酷だった。


 まず、森を抜けるまでに丸十


「この美しい私の、右足が! 泥の餌食に!」


「大丈夫、左足が残ってるよ!」


 エリーゼの励ましにも、アリスターは涙目だった。


 続いて三人は、草原地帯を越えて、丘陵を抜ける。途中、盗賊に襲われるも、エリーゼとアリスターの連携で難なく撃退。ダリルは後方で、震えながら呪文を唱えていた。


「……一応、癒しの光を……!」


 レベルを上げるには、地道な努力が必要だった。アリスターは剣技と体術を日々磨き、鏡の前で構えを研究。エリーゼは魔術の詠唱速度を向上させ、攻撃魔法と補助魔法のコンボを練習。ダリルはというと――


「失敗してもいいじゃないですか……拙者の人生、失敗の連続ですし……」


「ダリル、せめて祈りを唱えるときくらい前向きになって!」


 そんな会話をしながらも、彼の魔力制御は確実に成長していた。エリーゼがこっそり観察したところ、回復魔法の精度と速度は着実に上がっていたのだ。


 二転べば手を貸し、夜道では互いに警戒を分担し、食事は少ない素材で工夫して調理する。


「……不思議だな」


 夜の焚き火の前で、エリーゼはぽつりと言った。


「最初は、どこに行っても居場所がないと思ってたのに。今はこうして、誰かと一緒にいるだけで、少しだけ……救われる気がする」


 アリスターが、めずらしく鏡を見ずに微笑んだ。


「それは、我が美しさに癒された証拠だな」


「それ台無しでしょ!」


 隣でダリルが、ぼそっと呟いた。


「……でもまあ、こうして誰かに笑われてるうちは、生きてても悪くない、かも」


 その言葉に、エリーゼは笑ってうなずいた。


 どこにも居場所がなかった三人――


 だが今、彼らは確かに、同じ道を歩いていた。


 西の果て、砂塵の向こうにある未知の国ラグナス帝国を目指して。


【エリーゼ=アルセリア】


レベル:24


HP:382


MP:191


攻撃:452【227+剣225】


防御:214


早さ:362


幸運:100MAX


スキル:──剣聖──フェンリルの加護 金龍の加護


装備:テオドリック帝国 王家の剣



◆ダリルから見たエリーゼとアリスター◆


この旅が始まってから、もう何日が経ったのだろうか。


 拙者は、青髪に丸眼鏡、そして猫背気味の神官――自信のない声と覇気のない態度は、昔からよく笑いのネタにされたものだ。聖教国では「誠実な補佐役」と呼ばれ、裏では「いてもいなくても同じ」とも言われた。まあ、否定はしない。


 けれど、その拙者が今、一体なぜこんな目立つ二人と旅をしているのだろうか。運命のいたずらというには悪趣味すぎる。最初はただの偶然だったはずなのに、気づけば拙者はその渦の中心にいる。


 エリーゼと、アリスター。


 光と影。熱と冷。天と地……いや、そういう比喩はやめておこう。無理にカッコつけても滑稽だ。


 でも、確かに二人は、拙者にとっては眩しすぎる存在だった。


◇ ◇ ◇


 まず、エリーゼ。桃色の髪を風になびかせる剣聖。


 その姿は、まるで桜の花が戦場に咲いたように美しく、しかし一度剣を抜けば、すべてを両断する鬼神のような鋭さを持つ。


 彼女の剣は速く、重く、正確だった。無駄のない所作に、一分の隙もない。それでいて、どこか儚げな雰囲気を纏っているのが、彼女らしいと言えばらしい。


 過去に何かあったのだろう。時折、夜の焚き火の前で一人で剣を磨く横顔は、まるで戦いの記憶に取り憑かれた幽鬼のようで。


 彼女が拙者に言ったことがある。


「ダリル。あなた、何かを見ても、見なかったことにするタイプでしょ」


 図星だった。見てしまったことを、なかったことにしたくなる。それが、僕の弱さ。見たことを告げたら追放されたので、そこはトラウマになっているが……。


 でも、エリーゼは違う。彼女は見てしまったものから目を逸らさない。それが正義であれ、醜さであれ。


 彼女の剣は、そういう覚悟から来ているんだと思う。


 ……ああ、なんて強い人なんだ。拙者とは違う。拙者が逃げ出した現実を、彼女は切り裂いて前に進む。


 ――でも、たまにふとした瞬間に、エリーゼの肩が揺れているのを見ると、なぜだかほっとする。ああ、この人も人間なんだ、って。


◇ ◇ ◇


 そしてアリスター。


 金髪碧眼、自称「至高の美と叡智を兼ね備えた天才魔導師」。その姿は常に完璧を追い求め、髪の流れからマントの揺れ方にまでこだわっている徹底ぶりだ。


「ふっ、この世に美しさが存在するのは、我が存在が前提なのだな」


 いや、何言ってるの? って本気で思う。毎日が寸劇。しかも本人は至って真剣だから余計にタチが悪い。


 けれど……その実力は本物だった。


 一度杖を振るえば、大気は震え、天地の理すら捻じ曲がるかのような魔力の奔流が迸る。その詠唱速度、魔法の精度、どれを取っても一級品。中でも氷と光の魔法に長け、その魔術はまるで芸術の域だった。


 ただのナルシストではない。誇りと、自信と、そして孤独が混ざり合っている。


 「美しさ」で全てを語る彼の中に、僕はいつも見えない痛みを感じていた。


 拙者が「自分なんて……」と呟くたび、彼は決まってこう言った。


「だからこそ、君の役目があるのだよ、ダリル。美しきものを引き立てる影。君がいるから、我が美もまた輝くのだ」


 それは慰めか? 皮肉か? いや、たぶん、どちらでもない。本気でそう思っているのだろう。そんな彼の傲慢さが、時には救いになるから困る。


◇ ◇ ◇


 この二人の間にいて、拙者はよく思う。


 拙者は一体、何者なんだろう。


 弱い神官。逃げ出した裏切り者。何一つ信じきれず、守れず、そして今も迷い続けている。


 けれど、少しだけ……本当に少しだけ、今の旅では自分の居場所があるような気がしている。


 傷だらけのエリーゼが、苦しそうに眉をひそめながらも仲間のために剣を振るうとき。


 アリスターが、冗談のような台詞の奥にほんの少しだけ優しさをにじませるとき。


 その隣で拙者は、呪文を唱えている。震えながらも、逃げ出さずに。


「ダリル、任せた!」


 エリーゼの声が飛ぶ。


「我が美を守る盾よ、君の力を信じている!」


 アリスターが魔法陣を浮かべる。


 その時だけは、拙者の手から放たれる回復の光が、誰かを支えているのだと信じられる。


 ……まあ、次の瞬間には自信なくなって、またうじうじ考え込むんだけど。


 でも、それでもいいじゃないか。


 誰かの後ろでも、誰かの陰でも。


 僕は、今ここに、いるのだから。



 ◆神官レオの手記◆

――『あの日を境に、神の沈黙を感じた』


 ダリル=ベルトレインが追放された日を、私は忘れられない。


 あれは確か、春の終わり。白百合が風に揺れる頃だった。清めの儀式を控え、神殿内は厳かな空気に包まれていた。私たち下級神官は、神託の準備に追われていたが、それでも皆どこか穏やかな笑みを浮かべていた。聖女セレスティア様のお姿を見れば、誰もが救われたような心地になったからだ。


 だが、その日を境に、すべてが変わった。


 聖女に対する反逆行為により、神官ダリルが突然、教会から追放されたのだ。彼は聖女様の側近であり、我らの中でもとびきりの才覚と誠実さを持つ人物だった。常に冷静沈着、かといって驕るおごることなく、どんなに若い神官にも礼儀を欠かさなかった。私にとっては、尊敬する先輩であり、いつかああなりたいと思わせる理想の神官だった。


 だから、信じられなかった。


 「聖女殿に対して反逆の罪」などと告げられて、彼が衛兵に連れられていく姿を目にしたとき、私は耳を疑った。誰かの冗談だと思ったほどだ。


 同僚の神官たちも、皆困惑していた。誰もが目を合わせず、ただ黙ってうつむいていた。私が「何かの誤解では?」と声を上げかけたとき、隣にいた年長の神官マルセリウス殿が、無言で私の腕を掴み、目だけで制した。


 「黙れ」という、その目の圧力に、私は言葉を飲み込んだ。


 その夜、私は眠れなかった。どうしても腑に落ちなかったからだ。


 ダリル様はそんなことをするような方ではない。教義に対する理解も深く、何より、聖女様への忠誠は人一倍だった。私などには到底想像もつかない、神の意志と共にあるような生き方をしていたのに――


 なぜ?


 次の日、私は思い切って、大司教様の使いをしている神官に尋ねてみた。


 「ダリル様は、本当に……?」


 そのとき、その神官は私をじっと見つめた。笑って答えるかと思ったが、彼はひとこと、「その話はやめておけ」とだけ言って去って行った。


 そして、それを境に、私の耳にもおかしな噂が届くようになった。


「最近、ガルモンド大司教の目が妙に赤く光ることがある」とか、

「聖女様の私室から奇妙な気配を感じる」とか、あるいは、

「反対意見を述べた神官が突然転属になった」とか――。

 皆が、何かに気付いていながら、口に出すことを恐れている。


 それはもう、「信仰の共同体」ではなかった。


 ひとつ気付けば、次の瞬間には自分も崖の下に落とされる。誰もがそれを知っていた。だから、誰も口を開かなかった。


 私は、ふと思い出す。


 数週間前、祭壇の灯火を整えていたときのことだ。ふと視線を感じて振り返ると、ダリル様が立っていた。彼は微笑んで私に言った。


「レオ殿、燈明の位置、少しずれてますぞ」


 恥ずかしくなって頭を下げると、彼は「いえ、拙者も昔、よく注意されたものです」と柔らかく笑っていた。そのときの穏やかな声、慈しみを含んだ目が、どうしても嘘を語る者のものとは思えない。


 そんな人が、なぜ。


 それから数日後、私の同期だった神官カレンが、突然失踪した。


 彼は以前、

「最近の聖女様、何か変だと思わないか?」

 と私に囁いたことがある。私は冗談だと思って軽く受け流したが――今にして思えば、彼も、何かに気付いていたのだろう。


 そのカレンが、いなくなった。家族も探しているが、教会からは

「転属先に出向中」

 とだけしか返ってこない。


 おかしい。おかしすぎる。


 だが、私には何もできない。


 告発などしようものなら、私もダリル様と同じ末路をたどるだろう。いや、彼のような意志の強さも、勇気も、私にはない。


 だから、ただ祈るしかない。


 神が本当におられるのならば――この歪みを、誰かが正してくださるように、と。


 いや。


 もしかすると、すでに神は沈黙してしまったのかもしれない。


 聖女の言葉も、神託も、どこか虚ろに聞こえるようになった。


 ダリル様が追われてからというもの、神殿には奇妙な沈黙が漂っている。誰もが笑わず、誰もが黙っている。まるで、信仰そのものが凍りついてしまったかのように――


 私たちは、神を信じているのだろうか。それとも、神の名を騙る何かを、ただ崇めてしまっているのか。


 自分でも、分からない。


 ただひとつ、確かに感じているのは――


 あの日、真実を告げたのは、きっとダリル・ベルトレインだった。


 彼を追放したことで、我々は神の声を喪ったうしなのかもしれない。


 そして私は今日も、祭壇の灯を整える。


 歪みの中で、まだ、祈りのかたちを忘れぬようにと。

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