第26話 お泊まり会の誘い

「お疲れ――明日の本番も頑張ろうね」


 桜井さんにそう言って、僕はテニスコートを後にした。明日はいよいよ球技大会本番。最後の練習も終わって、準備は万端だ。


 夕日が校舎の向こうに沈みかけている。女子の制服を着て歩く帰り道は、もうすっかり慣れてしまった。スカートの裾が風に揺れる感覚も、今では自然に感じる。


「明日、どうなるかな」


 テニスも桜井さんや、時々あかりちゃんが丁寧に教えてくれたおかげで、なんとか形になってきた。女性の身体でのスポーツは思っていたより大変だけど、それでも楽しい。


 プルルルル——


 ポケットの中でスマホが鳴った。画面を見ると、あかりちゃんからの着信だった。


「もしもし?」


『つーちゃん! お疲れ〜』


「あかりちゃん、どうしたの?」


『明日の球技大会のことなんだけどね、前に話したおしゃれの件、覚えてる?』


「あ、うん。体操服の改造とか、髪型のアレンジとか」


『そうそう! それなんだけど、今日お泊まり会しない? 一緒にやりたいの』


 お泊まり会?


「え、今日?」


『だめかな? せっかくの機会だし、女の子らしく可愛くしてあげたいの。つーちゃんも興味あるでしょ?』


 確かに、最近メイクやおしゃれに興味を持つようになった。自分でも不思議だけど、可愛くなることが楽しく感じるようになってきている。


「理子先輩に許可もらえれば……でもたぶん大丈夫!」


『やった! じゃあ、ファミレスで待ち合わせしよう。19時にいつものところで』


「わかった。準備してから行くね」


 電話を切って、足早に家に向かった。


「ただいま帰りました!」


「おかえり、翼」


 リビングでは理子先輩が、いつものように実験ノートを広げていた。


「理子先輩、あかりちゃんの家にお泊まりしてもいいですか? 明日の球技大会の準備を一緒にしたいって」


「あかりさんの家に?」


 理子先輩が顔を上げた。少し考えるような表情を浮かべている。


「まあ、たまには友達と過ごすのもいいかもね。でも、変なことはしちゃダメよ」


「変なこと?」


「……なんでもないわ。気をつけて行ってきなさい」


 理子先輩は曖昧に微笑んだ。何か言いたそうだったけど、結局何も言わなかった。

 


     * * *



 着替えとお泊まり用の荷物を詰めて、約束の時間にファミレスに向かった。


「つーちゃん、こっちこっち!」


 店内では、あかりちゃんが手を振っていた。彼女の前には既にメニューが置かれている。


「お疲れ! 球技大会の練習はどうだった?」


「まあまあかな。桜井さんが上手だから、なんとかなりそう」


「美月ちゃんかぁ……」


 あかりちゃんの表情が一瞬曇ったような気がした。でも、すぐにいつもの明るい笑顔に戻る。


「何食べる? あたしはハンバーグにしよっかな」


「僕も同じので」


 注文を済ませて、料理を待つ間、あかりちゃんが身を乗り出してきた。


「明日のおしゃれ、すっごく楽しみなの。つーちゃんをもっと可愛くしてあげる」


「可愛く、って……」


「前にも言ったけど体操服も、ちょっと手を加えるだけで全然違うのよ。髪型も、編み込みとかしてあげる」


 あかりちゃんの目が輝いている。彼女のこういうところ、いつも不思議に思う。僕なんかよりずっと女の子らしいのに、どうして僕にこんなに構ってくれるんだろう。


「ありがとう。でも、そんなに凝らなくても……」


「だーめ! せっかくの機会なんだから、とことん可愛くするの」


 料理が運ばれてきて、二人で食べながら明日の計画を練った。あかりちゃんのアイデアは本当に豊富で、聞いているだけでワクワクしてくる。


「じゃあ、行こっか」


 食事を終えて、あかりちゃんの家に向かった。


「お邪魔します」


「どうぞ! お父さんもお母さんも、仕事で遅くなるらしいから、今日は二人きりだよ」


 二人きり。その言葉に、なぜか少しドキドキした。

 

 

     * * *



 あかりちゃんの部屋は、女の子らしい可愛い内装だった。ピンクを基調とした家具に、たくさんのぬいぐるみ。化粧台には色とりどりのコスメが並んでいる。


「とりあえず、お風呂入ろっか。汗かいたでしょ? 先に入ってて!」


「ありがとう……それじゃあお言葉に甘えて、先に入らせてもらうね」


「うん、タオルは洗面所にあるから」


 お風呂場に向かって、お湯を張った浴槽に足を入れる。程よい温度が心地よい。


「ふぅ……」


 湯船に浸かって、ここ最近を振り返る。桜井さんとの練習、あかりちゃんとの約束、そして明日の球技大会。どんな気持ちで迎えればいいのか、まだよくわからない。


「つーちゃん、どう? お湯の温度」


「え?」


 振り返ると、あかりちゃんが浴室に入ってきた。


「あかりちゃん!?」


「一緒に入ろ♪ その方が早いし、楽しいよ」


「で、でも……」


「女の子同士なんだから、恥ずかしがることないって」


 そう言って、あかりちゃんは浴槽に足を入れる。


「そ、そうかもしれないけど……」


「ほら、詰めて詰めて」


 あかりちゃんは遠慮なく湯船に入ってきた。狭い浴槽で、お互いの足と足が触れ合う。


「あったかいね」


「う、うん……」


 こんなに近くで女の子と一緒にお風呂に入るなんて、初めてだ。心臓がバクバクしている。


「背中洗ってあげる」


「え、い、いいよ、自分で……」


「遠慮しないで。あたしたち、友達でしょ?」


 あかりちゃんはボディソープを手に取って、僕の背中に手を置いた。


「わっ……」


 最初は普通に背中を洗ってくれていた。でも、段々手つきが……変わってきた。


「あ、あかりちゃん?」


「あのねつーちゃん、女の子の体って……敏感なところがたくさんあるのよ」


 あかりちゃんの声が、いつもより少し低い。手が僕の脇腹から下に伸びてくる。


「ちょっと、あかりちゃん……」


「つーちゃん、女の子の快感、教えてあげる」


「え?」


 あかりちゃんの手が――


「っ――あ、あかりちゃん、そこはっ――」


「気持ちいいでしょ?」


 確かに、気持ちいい。こんな感覚、初めてだった。体が熱くなって、息が荒くなる。


「……はぁ……はぁ……だ、だめ、こんなの…」


「大丈夫だよ、つーちゃん。女の子同士なんだから」


 ――気持ちいい。すごく気持ちいい。こんな感覚があるなんて、知らなかった。


「あ……あぁ……」


 体の奥から、何か熱いものが込み上げてくる。


「あかりちゃん……も、もう……」


「つーちゃん、可愛い声出すんだね」


 そして、ついに――


 体が大きく震えて、意識が飛びそうになった。


「……はぁ、はぁ……あかりちゃん……なんで……」


「ごめんね――つーちゃんが可愛すぎて、ちょっとやり過ぎちゃった」


 あかりちゃんは急に手を離して、いつもの明るい調子に戻った。


「ちょ……ちょっと? こ、これで?」


「つーちゃん、顔真っ赤。可愛い」


 僕は混乱していた。今のは何だったんだろう。女の子同士だから、こういうことって普通にあるのかな。


「つーちゃん、大丈夫?」


「う、うん……」


 でも、なんだか頭がぼーっとしている。お湯に浸かりすぎたせいかもしれない。


「のぼせちゃったかな? 大丈夫?」


 あかりちゃんが心配そうに僕の顔を覗き込む。


「ちょっと、ぼーっとして……」


「お風呂から出よっか」


 あかりちゃんに支えられて、湯船から出た。足元がふらつく。


「つーちゃん、立てる?」


「ごめん、ちょっと……」


「無理しないで。タオルで体拭いてあげる」


 あかりちゃんは優しく僕の体を拭いてくれた。さっきまでの雰囲気とは全然違う、普通のあかりちゃんに戻っている。


「ありがとう……」


「どういたしまして。体調は大丈夫?」


「うん、なんとか」


 でも、心の中はまだ混乱していた。さっきのあれは、本当に冗談だったのか。それにして、あの感覚は本物だった。女性の体って、こんなにも敏感なものなのか。


「じゃあ、部屋に戻って、明日の準備しよっか」


「うん」


 あかりちゃんに手を引かれて、部屋に戻った。


「明日は頑張ろうね、つーちゃん」


「うん、頑張ろう」


 でも、僕の心は複雑だった。今日のことで、また一つ女性として何かを経験してしまった気がする。それが良いことなのか悪いことなのか、まだよく分からない。


 ただ、明日の球技大会が楽しみなのは確かだった。あかりちゃんが可愛くしてくれるという準備も、今はワクワクしている。


「それじゃあ、お泊まり会スタートね!」


 あかりちゃんの元気な声に、僕も笑顔で答えた。


「うん、よろしくお願いします」


 今夜は長い夜になりそうだった。

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