第25話 あかりと美月【美月視点】

 【美月視点】


 翼ちゃんと別れた後、私は校門前に立っていた。


 今日の練習での違和感が、胸の奥でモヤモヤと渦巻いている。


 あかりちゃんの翼ちゃんへの接近。あの密着した指導。おしゃれの提案。

 そして、翼ちゃんの無邪気で嬉しそうな反応。


「はぁ……」


 大きくため息をついた時、後ろから声をかけられた。


「美月ちゃん」


 振り返ると、あかりちゃんがいた。


「何してるの? つーちゃんなら、もう帰っちゃったよ」


「……知ってる」


「そっか」


 あかりちゃんが、いつもの明るい笑顔を浮かべている。


 でも、私には分かる。その笑顔の奥に、何か別のものが潜んでいることが。


「あかりちゃん」


「ん?」


「私、あなたと話したいことがあるの」


 あかりちゃんの表情が、わずかに変わった。


「あたしも、美月ちゃんと話したいことがあったの。ちょうど良かった」


 そう言って、あかりちゃんが微笑む。


 でも、その微笑みは、さっきまでの明るさとは違っていた。


「どこか静かな場所で話そっか」


「そうだね」


 私たちは無言で、学校近くのカフェに向かった。



     * * *



 カフェのカウンターでドリンクを受け取った私たちは、空いていた奥の席に座った。


 周りには人も少なく、話をするには丁度良い環境だった。


「それで、美月ちゃんは何を話したいの?」


 あかりちゃんが、コーヒーカップを手に取りながら聞いてきた。


 私は深呼吸をして、覚悟を決めた。


「あかりちゃんは、翼ちゃんのことをどう思っているの?」


「どう思うって?」


「今日の練習を見ていて……あなたの翼ちゃんへの接し方が、ちょっと気になったから」


 あかりちゃんが、ゆっくりとコーヒーを飲んだ。


「……そうだね。正直に話そうか」


 あかりちゃんの表情が、真剣になった。


「あたし、つーちゃんのことが大好き。本当に、本当に大好きなの」


「それは……友達として?」


「違う」


 あかりちゃんが即答した。


「女の子として。恋愛対象として。あたしの全てを捧げたいと思うくらい、愛してる」


 私は、あかりちゃんの言葉に息を呑んだ。

 あかりちゃんが同性愛者という噂は耳にしていたけど、まさか本当だったなんて。


「つーちゃんを、完璧な女の子にしてあげたいの。女の子としての喜びも、快楽も、全部教えてあげたい」


 あかりちゃんの目が、異様に輝いている。


「つーちゃんは、まだ女の子になったばかりで、何も知らない。だからこそ、あたしが全部教えてあげられる」


「教えるって……」


「女の子としての楽しさ、美しさ、そして……」


 あかりちゃんが少し身を乗り出してくる。


「女の子だけが味わえる、特別な感覚もね」


 その言葉の意味を理解して、私は背筋が寒くなった。


「つーちゃんは、あたしだけのもの。誰にも渡したくない」


 あかりちゃんが、独占欲を隠そうともしないで言った。


「あかりちゃん……それは」


「おかしい?」


「……愛って、そういうものじゃないと思う」


「そうかな?」


 あかりちゃんが、冷たく微笑んだ。


「じゃあ、美月ちゃんの愛は、どんなものなの?」


「――っ」


 あかりちゃんの質問に、私は言葉に詰まった。


「答えられないの?」


「――そ、それより! もし、つーちゃんが男の子に戻りたいって言ったら、あなたはどうするの?」


 私が苦し紛れに別の質問をすると、あかりちゃんの表情が変わった。


 今まで見たことのない、冷たい表情。


「……それ、もしかして美月ちゃんの願望?」


 あかりちゃんの声が、低くなった。


「え?」


「つーちゃんに、男の子に戻ってほしいって思ってるのは、美月ちゃんじゃない?」


 図星を突かれて、私は動揺した。


「そ、そんなことは……」


「もしかして、男の時のつーちゃんが好きだったとか?」


 あかりちゃんの目が、鋭く私を見つめている。


「ち、違う……」


「ふーん」


 あかりちゃんが、意味深に微笑む。


「でも、美月ちゃんの反応を見てると、そうとしか思えないけどなぁ」


「……」


「正直に言っちゃいなよ」


 あかりちゃんの挑発的な言葉に、私の感情が爆発した。


「そうよ!」


 私は立ち上がって、声を荒げた。


「私は翼くんが好きだった。男の子の時の、優しくて真面目な翼くんが」


 周りの客が、こちらを見ている。でも、もう止められなかった。


「今すぐにでも、元の翼くんに戻ってほしい。女の子じゃなくて、男の子の翼くんに!」


 全てを吐き出してしまった。


 あかりちゃんは、静かに私を見つめていた。


「そっか」


 そして、ゆっくりと立ち上がった。


「じゃあ、あたしたちはライバルだね」


 あかりちゃんの声が、氷のように冷たかった。



     * * *



 あかりちゃんがもう話すことはないとばかりにバッグを手にして、席を後にするかと思ったその時、私の隣に回り込んできた。


 そして、私の耳元に顔を近づける。


「――つーちゃんは渡さない」


 低く、冷たい声で囁かれた。


「邪魔するなら、容赦はしないから」


 あかりちゃんの声に、私は震え上がった。


 こんなに恐ろしい人だったなんて。


 でも、次の瞬間、あかりちゃんは明るい表情に戻っていた。


「それじゃあ、またね、美月ちゃん」


 まるで何事もなかったかのように、あかりちゃんは去っていく。


 私は椅子に座り込んだまま、呆然としていた。


 手が震えている。


 怖い。あかりちゃんが怖い。


 でも、それ以上に、翼くんが心配だった。


 あんな危険な人の手に、翼くんを渡すわけにはいかない。


 涙が頬を伝って落ちる。


 私は、自分の気持ちをぶちまけてしまった。

 翼くんが好きだったこと。今でも、男の子に戻ってほしいと思っていること。


 でも、それでも。


 翼くんを、あかりちゃんから守らなければならない。


 そう思う一方で、足は震えたままだ。

 私は……どうすれば……。

 

 その答えを、すぐに見つけることはできなかった。

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