第3話、特殊能力発動したら呪いの人形が出てきたんだが?
は? 発動? ふざけるな。これから死ぬのに今さら発動もクソもあるかよ。
目の前にニホン人形らしきものが現れ、宙に浮き上がった。
——人形!? 何で人形……やっぱ呪われてたのか!?
『欠損確認。心音低下。出血量多量。やれやれ、儂の見込み違いか……。何と脆弱な体だ。お前を健全な状態に戻してやろう。コピーする元を選ぶが良い』
——人形が喋った……ていうかコピーする元? 何だよそれ。こんな時に意味が分からない。コピー出来るようなそんな文字なんてないぞ。
『文字ではない。対象は何でも良いぞ。物体、知能、肉体、選びたい放題だ。ほら、さっさと選ばないとお前死ぬぞ?』
——今まで一度も出てこなかったくせに偉そうだな! なら、あのやたら頑丈な鬼みたいな怪物の身体能力と機能にしろ!
『承知した。解析…………完了。複製完了。これからお前の体に能力ごと貼り付けよう』
ブワリと体が温かい空間に包まれる。
冷え切って歯が鳴るくらいに寒かった体が温かくなってきたかと思えば、一気に熱いくらいの体温になっていった。
体の奥底から血が煮えたぎっているような錯覚に襲われ、大きく瞬きしながら自分の手のひらを見つめた。
「は?」
——手足がくっついてる?
それどころか体力も有り余っていて嘘のように体が軽い。
「生き……てるだと?」
この変化についてこれずに唖然としてしまったが、弾かれたように立ち上がり、助けてくれた男がいた方角を見つめた。
「くっ、何で死なない……っ」
「くひひひ」
意識が飛んでいた間に形勢は逆転していた。しかも頭を切り離された怪物に首が戻っている。
——何だよアイツ、不死身かよ!
首が落ちても死なないとかゾンビみたいだな、と考える。
男が手にしていた刀が飛ばされて地を滑っていく。その刀はやがて消えた。とどめをさすように振り上げられた怪物の斧から救う為に、横から飛び込んで一緒にアスファルトの上を転がった。
——うわ、跳躍力すげえな。
自分の体なのに自分の体じゃないような俊敏さだ。それに地面に擦った肌が全然痛くない。本当に身体的能力を全てコピー出来ているらしい。
「おい、大丈夫か!?」
「アンタ……何で足と腕が復活している?」
その間も怪物から攻撃を喰らっていて、さけながら会話していく。
ザン、と目の前の地面に斧が刺さった。すんでのところで交わしてまた口を開く。
「俺にも分からん! 今はこの怪物から逃げる事だけを考えよう!」
「いや、逃げるのは無理だ。さっき呼んだ応援が駆けつけるのを待った方が早い。それにこの怪物は捕獲して調べてもらった方がいい。恐らく……っ、新種だろうからな」
どこか痛めたのか腕を押さえて男が言った。
「新種!?」
「ああ、そうだ」
また斧を振り上げられる。男を俵担ぎにしたまま攻撃を避け、怪物から距離を取った。それもすぐに詰められてしまう。
「でも到着するまでに殺されちまうかもしれないだろ!」
「それでもダメだ。もう犠牲者を出さない為にもコイツはここで捕えなければいけない!」
そう頑なに言われてしまうと口を噤むしかなくなってしまう。
ガキン、と音を響かせて目の前のアスファルトを斬られる。
——ああ、もう……っ。うざったいな!!
話を一々中断されるというのは歯痒いものだ。腹が立ってきて思いっきり拳を振りかぶった。
「さっきから、しつっこいんだよ!!」
一度も喧嘩などした事もなかったのに、思いっきり怪物の顔面に拳を叩き込む。
そんなへなちょこパンチなんて全然効かずに終わるのだと思いきや、怪物の体がふわりと浮いて地面を削りながら二十メートルは後方に吹き飛んだ。
「へ?」
「アンタ……あの怪物の巨体を素手で殴り飛ばしたのか!?」
男が目を丸くしていた。
『発動。右拳に損傷だ。先程のコピーを貼り付けてやろうか?』
「あ……ああ」
右手が秒で回復した。
「能力者だったのか。何故始めから特殊能力で戦わなかった?」
「そう言われてもな……。発動したのはさっき死にかけて初めて発動したんだ。そしたらコイツが出てきた」
己の右肩にちょこんと座り込んでいる呪いの人形を親指で指す。
「ニホン人形……可愛い! 違くて、初めて? それにしてもその能力は一体何だ?」
「これか。コピペらしい。能力者になってこの五年、一度も発動出来た試しがなかったから詳しい内容は知らん。俺は能力測定士官からも見放されたくらいに使えない能力者だったんだ。よく分からないが、この呪いの人形に聞いてくれるか?」
『誰が呪いの人形だ! もう助けてやらんぞ!』
「俺が死にかけるまで出てこなかったんだから呪いでしかないだろ!」
ゆらりと怪物が体を起こしたと思った時にはもう目の前にいて、頭上から斧が降ってきそうになっているのに気がつく。
「ちっ!」
男を俵担ぎにしたまま攻撃を避ける。すかさず横向きに振り回された斧を跳躍して難なくかわした。身体機能が普段とまるで違うのはありがたい上にどこか心も踊る。
——これもしかして俺も戦えるんじゃないのか?
いつも癒しを求めて見るアニメや映画を思い出し、見よう見まねで何度も攻撃を繰り出す。
首を切られただけでは死ななかった奴だ。弱点は頭ではなく他にある。だが、それがどこなのかまでは分からない。それなら……。
「分からないなら全部たたっ斬る!」
怪物が手放した斧で動かなくなるまで切り捨てていって、とうとう動きを止めた時に攻撃の手を止めた。
さすがに疲れた。最後の最後に酷い目に遭った。この十年まともな運動はしていないに等しいのだ。筋力が限界に等しくて、手も足もカタカタと震えていた。
ようやくサイレンが聞こえてきて、顔を向ける。視界にパトカーが映り込んだのと同時に安心してしまい、極度の緊張から解放されたからかそのまま地べたに座り込む。
「あー、もう限界だ」
「アンタ名前は?」
声かけに顔を上げた。
「俺は阪上怜一だ。助けてくれてありがとうな。来てくれなかったら死んでたわ」
「いや、助けられたのはこっちの方だ。感謝する。
夜間でも分かるほどに白い素肌と中性的な顔つきをしているのだと初めて知った。サイズの大きい黒いパーカーに細めの黒いズボンが良く似合っている。
東雲は到着した特殊警察隊と何やら話をしていた。この怪物の事を新種だと言っていたのを思い出す。恐らくはその件だろう。
怪物は肉のカケラ一つ残さずに回収され、道路も全ての液体を流した後に再生能力者によって元の状態へと修繕されていった。
「へえ、こうやって処理しているんだな」
「一般市民からすれば猟奇的殺人現場にしか見えないだろう? 驚かせてしまうからな」
——確かに……。
納得した。
「これから追加の説明もあるからここで別れる。またな」
「はいよ。お疲れ様」
これから報告の為に残ると言った東雲に手を振り、今度こそ帰路についた。
一人暮らしをしているアパートまでノロノロと歩き、部屋の扉を開く。
——ああ、家最高。もうこのまま寝てしまいたい……。
自分だけの城みたいなものだ。築年数はそれなりに経っているが、ここ以上に安心できる場所は他にない。
『狭苦しい所だな』
「うるせえよ。人形が文句言うな。てか、お前いつまで出てるんだよ。消えないのか?」
『儂は出たままだ』
——え、そういうもん? でも東雲の刀は消えたりしていたよな?
首を傾げる。
肩から飛び降りた人形が勝手にテレビの前を陣取る。
『これは何だ?』
「テレビ」
——もしかして知らないのか?
驚かせてやろうとリモコンを取って電源を入れると人形が目を輝かせた……ように見えた。
『これはいい』
どうやら気に入ったみたいだ。
「シャワー浴びてくるからテレビでも見ててくれ。こうすると番組が変わるぞ」
『ほうほう。なるほど』
リモコンの操作を一通り教えてから風呂場に向かう。
今すぐにでも寝てしまいたいが、怪物の体液塗れなのはさすがに嫌だった。
念入りにシャンプーもして、体もしっかりと二回は洗った。異様に生臭い気がして堪らなかったからだ。気分がスッキリしたのもあり、鼻歌混じりに風呂場から出る。
『おい』
「質問は後な。着替えるからもう少しここで待っててくれ」
呪いの人形とはいえ見た目は女だ。たぶん女……だよな? 確証はないもののマッパで彷徨いて、本当に呪いをかけられてしまうのはごめんだ。
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