第四章 プリマヴェーラ【1】

 吐き気がした。

 さほど強いものではなかったけれど、かえって不快さが募る。ちくちくと生殺しにされているような感覚だ。強烈な吐き気が津波のように襲ってきてそのまま決着がついてしまうほうが、むしろ楽だ。

「なんだ、HLAは初めてか」

 主操縦席のロンが小馬鹿にしたように笑った。

「〈リープ酔い〉だな。二、三回経験すりゃ慣れるさ」

「こんなの、ぜんぜん、平気」

 アリスは強がってみせた。事実、胸のむかつきはあるが、頭はすっきりしている。デオラ星系内にいる間はストームの先触れで宇宙空間の電磁波の輻射が強かったのだろう。明瞭に意識はしていなかったけれど、それがなくなって、だいぶ楽になった。

「で、あと、どのくらい?」

「まる一日はかからない」

 メモリア号は、〈プリマヴェーラ〉のLOPを出たばかりだった。ただし、プリマヴェーラ近辺に四か所存在するLOPのうち、いちばん遠くにあるポイントらしい。

「零細の下請け業者には、いいLOPはなかなか使わせてもらえないんだ」

 ロンは不満そうだった。

 レビとの遭遇から二日あまりの航行で、メモリア号はデオラⅨ軌道上にある星系唯一のLIPへ到達した。ロンが心配していた軍の手配は回っていなかった。

 高次空間を経由して超長距離をジャンプするのだと教えられた時は、いったいどれほど大変な操縦をしなくてはならないのか、とアリスは不安になったが、何ほどのこともなかった。普通にジャイロを操作しただけだ。出先のLOPの座標設定と高次空間に入るためのシステム運用は主操縦席の作業だったから、アリスに出番はなかった。

 それにそもそも、ロンはいまだに、アリスが操縦を手伝うのが気に入らないらしい。

 メモリア号の行き先のことは、ロンから教えられて初めて知った。

 独立浮遊惑星プリマヴェーラ。

 独立浮遊惑星とは、どの恒星系にも属さず、周囲の宇宙空間の重力バランスだけで定位置を保っている惑星のことだ。ほとんどは不毛の星だが、あり余る地熱エネルギーなどを足がかりにしてテラフォーミングが可能な惑星も、ごく稀に存在する。そういった星は、一種の自治区として治外法権がまかりとおることが多い。一般の星系国家よりも税法などの面で融通が利くため、ビジネスや物流の拠点になっていることも珍しくない。

 プリマヴェーラは、そんな星のひとつだ。ロンが契約している〈ヘレネ〉という運送会社の営業所のひとつが、その星にあるらしい。

 ロンは、マドリガル戦役の争奪の対象であるマドリガルも、プリマヴェーラと同じ独立浮遊惑星だと教えてくれた。

「やっぱり、人が住んでるの?」

「いや。無人だ。人間が長期間住めるような星じゃなかったそうだ。ただ、デオラもアルタナも、マドリガルに採掘基地を造ろうとして必死だった。とてつもなく豊富な資源が眠ってたらしい」

「ふうん。詳しいんだ、おじさん」

「船長だ、って言ってるだろ」

 ロンにたしなめられながらアリスは、別のことを考えていた。

 どうして、マドリガルのこと、過去形で言うんだろう?

 ちょうどそこへ、航法コンピュータが、またジャイロの補正を求めてきた。アリスはロンの顔色を見た。

「壊すなよ」

 ロンは苦々しげに言い、自らは主操縦席のコンソールに向かった。マドリガルの話題は、それで沙汰やみになった。

 操作を終えると、航法コンピュータがプリマヴェーラまであと十八時間だとアナウンスしてくれた。

「ひと寝入りするか」

 ロンが大きく伸びをした。次いで、

「腹、減ってないか」

「あんまり」

 ロンがメモリア号に常備している航宙用の船内食は、お世辞にも美味とは言えなかった。教育センターはつまらないところだったけれど、寄宿舎の食事だけは上等だったから、アリスは船内食には閉口していた。密航者の分際では文句も言えないが。

 もっともアリスは、今の自分は密航者から押しかけ乗組員ぐらいには昇格してるんじゃないか、とは思っている。

「あのね、おじさん」

「おまえなあ……」

「だったら、船長」

 取ってつけたように言い直した。

「どうして、ひとりなの? 普通、運送屋さんって、二人か三人で船、動かすんでしょ」

「ひとりが好きなんだよ。慣れてるしな」

「困ることって、ない?」

「今のところ、思いつかん」

「いつから、ひとりなの?」

「最初からだ」

「おじさん」

 アリスは頬を膨らませた。

「ずるい」

「何がだ? 人聞きの悪い」

「あたし、おじさんのこと、なんにも聞いてない。ずるい。けち。けちけちけち」

 思いっきり、すねてみせた。そうすればロンが、実に不本意そうな顔をしながらも結局は折れてしまうということを、この二日間でアリスは学んでいた。

「他人に話すほどの人生じゃないさ」

 ロンはそっぽを向いたが、アリスは構わずにロンの顔をじっと見つめ続けた。左頬に視線を感じているはずだ。きっとそのうち耐えきれなくなって――

「ま、つまらん話だ。聞いたら忘れろよ」

 ――成功。

「うん。ぜったい忘れる」

「嘘つけ」

 小さく笑った。自分に対して笑いかけてくれたのは初めてだな、とアリスは思った。

「しかし、前もって言っておくが、俺はおまえがいちばん嫌いな種類の人間だぞ」

「どうして?」

 反射的に尋ねたが、すぐにわかった。

「おじさんって、もとは、軍?」

「厳密には、なりそこないだがな。士官学校中退だ。ついでに言うが、独身でもなかった」

「なかった?」

 また過去形だ。

「女房は、結婚して半年で死んだ。俺もあいつも、まだ二十三だった」

 アリスは息を飲んだ。そして、直感した。他人に話すほどの人生じゃない、というのは、嘘だ。ただ、話したくないだけなのだ。

 ひとりでいるのが好きだと言うのも、おそらく――

 アリス話の続きをせがんだ。

 ロンの妻は、モニクといった。コンスエロ士官学校の同期生だった。

 士官学校での学生結婚は、さほど珍しいことではない。学生とは言え、先は軍人になるものと定められているから、気分はすでに大人社会の一員のようなもので、若さゆえの障害を感じることはあまりない。かつ、俗世間とは隔離された環境で同一の目的に向かって日夜厳しい訓練をこなすうちに、自然と愛情が芽生えることが少なくなかった。

 まして、上級技術教程の所属だったモニクは、初級幕僚教程のロンよりも事実上の教練年数が一年短く、ひと足早く任官していたため、なおさら障害はなかった。逆に、ロンが任官してしまえば防衛艦隊所属となり、コンスエロシティの開発技術局勤務のモニクとは離れ離れになる可能性が高かったから、卒業前に結婚をすませてしまうほうが合理的だった。

 かくして、最終教練年度の半ばに二人は結婚した。

「奥さんも軍人さんだったんだ」

 アリスは、あまりいい気がしなかった。女の軍人ということで、クローレ大尉のことを思い出してもいた。

「兵隊じゃなくて技術者だけどな」

「でも、軍は軍でしょ。戦争する人でしょ。直接戦うかそうじゃないか、ってだけで」

 ちょっとむきになって言い返すと、ロンはいつになく優しげな目をしてみせた。

「戦争は、手段だ。目的じゃない。戦争っていう手段を使わずに問題が解決できるなら、それがいちばんだ。あいつの口癖だった」

 ――兵器は、諸刃の剣。どう使うか、あるいは使わないかは、あなたたち次第なの。

 モニクはよく、そんなふうに語っていた。

 モニクの死は、ロンが士官学校を卒業する、わずか一か月前のことだった。

「戦争で……?」

 アリスはこわごわ尋ねてみた。

「いや。事故だ。新兵器開発のな。〈バイオノード〉っていう」

「バイオノード?」

 耳慣れない名前だ。

「〈アウター・テクノロジー〉って、わかるか?」

 アリスは首を横に振る。

「〈コアバスター〉は、どうだ?」

 それなら、聞いたことがある。

「一発で星をこなごなにしちゃう特殊ミサイルでしょ?」

「そうだ。今は、『人倫にもとる兵器』ってんで、星系国家間の条約で使用禁止になってる。ま、強制力はないがな。あれも、アウター・テクノロジーの一種だ。要は、地球起源の人類以外の高等生命による技術のことだ」

「え? でも、まだ異種高等生命との遭遇は、確認されてないんでしょ」

 ヒルベルトがそう教えてくれたし、センターでもそう習った。

「遭遇はしてないが、実在することは確実視されてる。その証拠が、アウター・テクノロジーだ。広い宇宙じゃ、明らかに人類以外の技術でできた物質や機械なんかが、ちょくちょく発見されてるんだ。その作り手がどこかに現存してるのか、もう滅びてしまって遺跡や遺物だけが残ってるのかは分からんがな。コアバスターも、そんな技術を応用して開発された」

 デオラのような辺境国家では、アウター・テクノロジーを発見する機会が多い。そして、モニクが開発に従事していたバイオノードも、デオラが見出したアウター・テクノロジーの一種だった。

 バイオノードとは、平たく言えば、人間の精神力を物理的作用に変換する接続装置である。デオラⅡ―Aに漂着した異種高等生命のものらしきカプセルから、奇跡的にほぼ無傷で回収されたのが発端だ。

 外見は、単なる大型コンピュータのようなものだった。しかし、アウター・テクノロジーの常として、その中身はブラックボックスであり、作動の理論的根拠は解明できなかった。

 実用化に向けて研究が営まれたが、回収された〈バイオノード・オリジナル〉を解体分析して修復不能になってしまっては元も子もないため、内部スキャニングによるレンダリングに基づいて設計図を起こし、それを元にして〈バイオノード・コピー〉の試作が重ねられた。

 ところが、数次にわたって製造されたコピーは、いずれもまったく作動しなかった。オリジナルと同じ構造を模倣しているにも関わらず、である。原因は不明だった。

 モニクは、バイオノード・コピーの実験搭乗員だった。

 事故は、コピーの最終プロトタイプ実験の際に起きた。

「バイオノード自体は、その名前のとおり、ただの結節ノードだ。そこからいろいろな出力先へと接続することができる。宇宙船の機関に接続して推力に変換してもいいし、兵器や計器に接続して、人間ならではの反射や洞察力を活かした操作をやってもいい。夢のシステムだった。女房は、それにすべてを懸けてた」

「失敗、したの? 最終の実験も」

「ああ」

 ロンの目に暗い影がさした。

「歴代のできそこないコピーみたいに完全な失敗なら、まだよかった。なんせ、ウンともスンとも言わなかったからな。けど、最終プロトタイプは、そうじゃなかった。動いたんだ。それも中途半端にな」

 人間の精神力の源泉は、脳だ。バイオノード・コピーへの入力も、大部分は脳を介して行なわれるシステムだった。

 それが、逆流した。

 コピーで数百倍に増幅されたモニクの精神力は、出力として昇華されることなく、入力側へ怒涛のごとく押し寄せた。

 モニクは、一瞬にして脳死状態に陥った。居合わせた開発チームのメンバーによれば、モニクには悲鳴を上げるいとまもなかったという。

 そのまま、間もなく息を引き取った。

「おじさん、その時、どこにいたの? そんな危ない実験、どうして止めなかったの?」

 アリスは咳き込むように訴えかけた。今しも目の前でその実験が開始されようとしている、そんな気がして、脂汗がとめどもなく流れていた。

「俺か。俺はな」

 ロンは苦渋に満ちた表情を見せた。瞬間、アリスは、聞かなければよかったと思った。

「俺は、学校の追試を受けてた」

「どうして!」

「俺だって、心配だったさ。試験なんぞほったらかして、実験に立ち会いたかった。止めようかと思ったぐらいだ。その日の朝、俺は、おまえのためなら試験なんてどうでもいいと言った。女房は、大丈夫だからちゃんと試験を受けろと言い張った。朝っぱらから、それで大喧嘩だ。結局そのあと、口も聞かずに、別々に出かけた。それが最後だった」

 言い終えると、腹痛がピークに達したときのような、ねじれた顔になった。

 そしてその後は、嘘みたいに平板な面持ちに変わった。

「連絡を受けて駆けつけた時は、もう遅かった。最期を看取ったのは、たまたま居合わせた士官学校の同期生だ。俺は、自分の女房が死んじまうって瞬間に、手も握ってやれなかった。その後、バカバカしくなって、俺は卒業まぎわの士官学校を中退した。話はこれで終わりだ。さっさと忘れろよ。わかったな」

 口早に言い終えると、ロンは何ごともなかったかのようにコンソールに向かった。

「バイオノードって、結局、どうなったの?」

 アリスは尋ねた。ロンは興味なさそうに、

「開発は中止された。オリジナルは廃棄されたことになってる」

「どうして?」

「コアバスターの反省だ。アウター・テクノロジーは、人類全体に知れ渡るとロクなことがない。だから、発見した星系国家から機密が流出しないようにガードするのが最近の風潮なんだ。ただ、バイオノードの場合、ちょっとした副産物が残った。〈ニューロデバイス〉ってのが、それだ」

 精神力を物理力に変換するというバイオノードの機能全体は実現できなかったが、そのごく一部分だけが実用化された。人間の五感を機械的な入出力装置と接続して相互に変換するシステム、すなわち〈ニューロデバイス〉である。目で見たものを直接スクリーンに投影したり、逆にカメラで写したものを脳の視覚連合野で識別したり、といった使用法が可能とされた。

「けど、これがまた副作用が強過ぎるってんで、結局はお蔵入りになったらしい。女房は、とことん無駄死にだったってわけだ」

「そんな言い方、しなくたって……」

 言いかけてアリスは、胸に引っ掛かるものを覚えた。

「待って。オリジナルは廃棄されたことに『なってる』、って、ほんとは違うの?」

「ああ」

 ロンは、さも当然そうに答えた。

「事故は不名誉なことだからな。痕跡を消すために、搭載してあった練習艦ごと葬り去られたんだが、それを中古宇宙船の販売業者に横流ししたヤツがいたらしい。で、それをたまたま買い入れたヤツもいた」

「だれ?」

「横流ししたのが誰かは知らん。けど、買い入れたのが誰かは分かってる。俺だ」

「おじさんが?」

 声が裏返った。

「じゃ、この船って」

「〈エリシャ〉型航宙練習艦〈アラム〉。メモリア号のもとの名前だ。見る影もなく改造してあるけどな」

 アリスはブリッジの中を見回した。床、壁、フロントシールド、天井、コンソール、そして自分が座っている副操縦席。

 アリスの視線が止まると、ロンが副操縦席のシートを指さした。

「そこに、バイオノード・オリジナルのコクピットがあった。それから」

 ロンは自分自身の膝を見た。

「ここに、コピーのコクピットがあった。女房は、ここで死んだ」

 アリスには、何も言えなかった。ロンもそれを察したのだろう、さっさと話を再開した。

「スクラップ同然のアラムを見つけたのは、ほんの偶然だ。金は、たんまりあった。女房の死亡保険金と、見舞金だ。買い取って、ヤミ業者で改造したら、ほとんど残らなかったけどな。船の維持費を稼がなきゃならないから、ヘレネと契約して、危ない仕事もじゃんじゃん引き受けた」

 きっとロンは、この船を操縦することで、自分を責めつづけてきたのだ。

 なぜ救えなかったのか。なぜ、死の瞬間、そばについていてやれなかったのか。あれが永遠の別れだったのなら、なぜ、せめて笑顔で「頑張れよ」と言って送り出してやれなかったのか。

 ずっと、責めつづけてきたのだ。

「おじさん……」

 言葉に詰まった。何を口にしても無意味に思えた。

「どうした?」

 逆に、ロンが問いかけてきた。

「ううん。なんでもない」

 アリスが口をつぐむと、ロンはそれを別の意味に解釈したらしく、

「ああ、オリジナルのことか。おまえの想像どおりだ。まだこの船に搭載したままだ」

 驚いた。

 ロンは腰を上げ、主操縦席のコンソール下部のボックスから、金属製のブレスレットを二つ取り出し、その一つをアリスに投げて寄越した。

「入力装置だ。手首にセットして使う」

 アリスは、手からブレスレットを取り落としそうになり、あたふたと握りしめた。

「ずいぶん、簡単なんだ」

「ああ。その輪っかでどうやって精神力を抽出するのか、最後まで分からなかったらしい。コピーの入力装置は、全身コードだらけの不格好な特殊スーツだった」

「これ……使えるの?」

「答えはイエスでもあるし、ノーでもある、ってとこだな。そいつも、本体も、見たところは壊れちゃいない。だが、動かん」

「試してみた?」

「何度か試してみた。警察船に追っかけられた時とかな。推力の足しになるかと思ったんだ。全然ダメだった。動かない。中身が壊れてるのか、あるいは」

 シートから立ち、アリスのそばにきて、ブレスレットを取り上げた。

「俺みたいな負け犬根性の持ち主には、反応しないのかもしれん」

 ロンは、他人事みたいにせせら笑った。

「今だから白状するが、コンスエロの貨物港で、軍の連中がおまえを追っかけて俺の船を調べにきたとき、俺はてっきり、オリジナルのことがばれたんだと思い込んだんだ。早合点だったわけだな。まったく、さえない男だよ、俺ってやつは」

 主操縦席に戻り、コンソールボックスにブレスレットを放り込む。

 アリスは、デオラⅣ軌道でレビと遭遇したときのことを思い出した。もう逃げられないと分かったとき、ロンは哀しげに自分の両手を見つめていた。あれは、手ではなく、手首を見ていたのだろう。こんな時、オリジナルが使えたら。そう思いながら。

 確かに、そんな超兵器を思わせる反応は、この船の中では感じなかった。ロンの言うとおりなのだとしたら、オリジナルがロンの精神を受け入れない限り、アリスにもオリジナルの〈音〉は聞こえないのかもしれない。

 いきなり、コンピュータのアナウンスが流れた。

『未登録の重力場を通過。位置制御ジャイロに補正数値の入力を要求します。未登録の重力場を通過。位置制御ジャイロに補正数値の入力を要求します』

 航宙図に載っていない彗星か小惑星でもかすめたのだろう。

「よし」ロンが明るい声で言った。「進路補正だ。ジャイロのほうは頼むぞ」

 力強く操舵桿を握り直す。

「うん!」

 アリスも、明るく答えた。

 操作は、もう手慣れたものだ。スムーズに補正を完了した。

「あとは、着陸までお役ご免だ。しばらく、部屋で休んどけ」

「おじさんは?」

 席を立ちながら聞く。

「ここで寝るさ。計器の見張り番も必要だしな。いつものことだ」

 じゃああたしも、と言いかけて、危うく思いとどまった。今、これ以上いっしょにいるのは、野暮というものだろう。アリスは大人しく席を離れた。

 ブリッジの出口で、ふと立ち止まった。

「ねえ」

 ロンの背中から声をかける。

「モニクさんを看取った人って、男の人? 女の人?」

「どうしてそんなことを聞く?」

 ロンが背中で答えた。

「別に……でも、たまたま居合わせたって、なんか、気になって。もし、男の人だったら、って」

「色気づきやがって」

 笑いながら振り向く。

「ご期待どおり、男だよ。俺とそいつの関係は、たぶんおまえが想像してるとおりだ」

「ゴメンなさい」

 アリスは舌を出した。

「なんていう人?」

「グレゴリー……」

 ロンは、懐かしそうに答えた。その名前をじっくりと味わうように。

「グレゴリー・ブランドル。士官学校の首席だった男だ」

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