第56話 ピチピチでムチムチな大人のカードを持った管理人

「さて、奈央は鼻歌歌いながらどこまで行ったんだろうな」


 そんなことを呟きながら、結斗はトランシーバーに向かって呼びかける。


「奈央ー。どこまで行ってんだー?」


 しかし、呼びかけても奈央からの応答はない。

 その代わりに聞こえてきたのは、


「神谷さん、管理人の西野です。ちょっと管理人室まで来てくれる?」


 という、奈央とは違う大人びた落ち着いた声。

 トランシーバー越しに聞こえたその声に、結斗は思わず背筋を伸ばして返した。


「は、はい」


 慌てて立ち上がる結斗。

 管理人室へ向かう途中、入居時に対応してくれたあの管理人のことを思い出していた。


(……たしか西野さんって、めっちゃ綺麗でスタイルも奈央並に良くて、四十歳過ぎになんてとても見えなかったよな……)



 管理人室の前につくと、何故かドアは開きっぱなし。恐る恐る中を覗くと──


 そこには借りてきた猫のようになって座っている奈央と、腕を組んで仁王立ちするスタイル抜群の美人管理人・西野美琴の姿があった。


「で、誰が40オーバーだって?」


 冷たい声と共に、美琴が鋭い視線を奈央に突きつけている。


 奈央はシュンとしながらも、どこか開き直ったように言った。


「ごめんなさい……。美琴おばさんは、まだピチピチのムチムチの35歳独身……」


 奈央がそう言った事で結斗は再度美琴を見る。太ももに張り付いてシワひとつないレギンスに、ボリュームのある胸に大きく押し出されてボタンとボタンの間に隙間ができそうなブラウス。確かに肉感的だ。


「……反省の意思がまったくもって見えないんだけど〜?」


 美琴のこめかみがピクついている。


 と、ここで美琴が結斗に気づく。


「あ、来たわね。というわけで、私はまだ40いってないの」


「四捨五入すれば……」


 奈央が横から余計なことを言う。


「あんたは黙りなさい」


 そして叩かれる。


「いたい」


「で、わかった?」


 結斗は謎の威圧感に押され、「は、はいっ!」と姿勢を正して返事。


(っていうかなんで奈央、“美琴おばさん”って名前で……?)


 そう思った結斗は、ふと気になって質問する。


「あの、えっと……お二人って、知り合いで?」


 それを聞いた美琴は腕を下ろし、ようやく少し柔らかい表情になる。


「奈央はね、私の姉の子。つまり姪っ子なの。だか、この子にとっては叔母にあたるわね」


「え、叔母さん!?」


 驚く結斗に、奈央はさらに情報を付け加える。


「そう。美琴おばちゃんは、私が結斗を追ってこのマンションに入るために協力してくれた人。じゃなきゃ漫画みたいに隣の部屋になんて、普通ならない」


「……いや、たしかに」


(色々タイミング良すぎたもんな……ってそういうことか)


「いきなりこの子が姉さんと一緒に来て、『私の恋の為に協力して!』なんて言われた時は、そりゃビックリしたけどね〜」


 美琴は苦笑しながらも、優しく奈央の頭を撫でる。


「まっ、こんなちょっと変な姪っ子だけど、よろしくね? 彼氏くん」


「は、はは……よろしくお願いします……」


 と、そこで奈央がボソッと毒を混ぜる。


「事業で一山当てて、親戚で一番の富豪で、それでマンション経営なんてやってるけど、そのせいでタイミング逃して独り身の叔母をよろしく」


「……」


 バチン!


「いたい」


「あんたね、余計なこと言うんじゃないの〜!」


 美琴の鋭いチョップが奈央の頭に炸裂。

 結斗は苦笑するしかなかった。



 そして部屋に戻ろうとしたとき、


「……あ、彼氏くん、ちょっといいかな?」


 背後から結斗を呼び止める美琴。


「はい?」


「彼氏くん、独身のお兄さんとかいない? それか、年上好きの友達とか。ほら、私お金なら持ってるから。ちゃんと養えるし、家事もできるし、見た目だって胸も結構あるし、色々頑張ってるからスタイルいいでしょ? 顔も割と童顔だと思うし……ね?」


「え、えっと……その……」


「もうほんとギリギリなの……部屋に一人って、夜めっちゃ寂しいの。いつか好きな人と一緒に寝て色々イチャイチャするために買ったキングサイズのベッドがとても広いの。でんぐり返ししても床に落ちないくらいに広いの。辛いの。欲しいのあったら何でも大人の魔法のカードで買ってあげられるから、できれば彼氏くんの同級生くらいだと私の好みドンピシャなんだけど──」


 すると奈央がハッと気づく。


「そうだった。美琴おばちゃん、ショタ好きだった。結斗逃げよう。今の飢えてる美琴ちゃんはとても危険」

「えっ──うわっ!」


 奈央は結斗の手をがっと掴み、そのまま全速力で管理人室を後にする。


「あのままあそこに居たらとても危険」


「あの人、大人だぞ!? さすがにそこまでじゃないだろ!?」


「わかってない。お金のある大人は愛をお金で買おうとするって本で読んだ」


「だれだそんな本お前に読ませたヤツはぁ!」


 そして背後からかすかに聞こえる、美琴の切実な声。


「け、結婚……したいっ……」


 ◇◇◇


 部屋に戻って、ぜぇぜぇと息を切らす奈央と結斗。


「俺、なんで奈央がこうなったかわかった気がするわ」


「それを言われると何も言えない。でも、家族思いではある……はず?」


「疑問形なんだよなぁ……」

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