第3話 反則的な甘え方

 翌日――日曜日。


 俺は何故か朝から落ち着かず、ソワソワしながら部屋の掃除なんて始めてしまっていた。


 ……うん、自分でも分かってる。

 これは完全に「来る」って思ってる男の行動だ。


 なんなら冷蔵庫にあったオレンジジュースをコンビニのやつに買い換えた。

 七瀬が「これ美味しい」って言ってたから。


 ああもう、俺、なんなんだよ……。



 ◇◇◇



 インターホンが鳴ったのは、午前11時ちょうどだった。


「おじゃましまーす」


「……やっぱ来るのかよ」


 自然な流れで部屋に入ってくる七瀬。

 今日もメガネを外して髪をほどいてるから、教室での地味子とはまるで別人だ。


 しかも今日は、胸元警戒レベルの低いゆるっとしたニットとショートパンツという、見てるだけで理性が危うくなる私服で来た。


「WiFi、まだ繋がってないから。壁厚いから隣まで届かないし」


「いや、何日居座るつもりなの……」


「WiFiがある限り、私はここに来る」


「お前のWiFi依存度、怖いんだけど」


 


 それから七瀬はいつも通りベッドに腰を下ろして、膝を抱えてこっちを見た。


「神谷くん、昨日はありがとね」


「ん? シャワーのこと?」


「うん。それもあるけど……」


 ふわっと笑ったあと、彼女は立ち上がると俺の隣に腰をおろし、肩にもたれかかってきた。


「こういうの、誰かにするの初めて」


「……っ! ちょ、ちょっと、距離!」


「うん、わかってる。でも、ちょっとだけ。……お願い」


 声がやたら近い。

 髪が、香る。

 柔らかい感触が、シャツ越しに伝わってくる。


「……神谷くん、優しいし、安心する。あの時と一緒」


「ど、どしたんだよ急に……」


「んー……もしかして、覚えてない?」


「え?」


 七瀬はそっと俺を見上げた。


「昔、助けてくれたことあるよね。小学校のとき」


「……え?」


「上級生にランドセル引っ張られて泣いてた私を、かばってくれた」


 

 一瞬、記憶の底に波紋が広がる。


 そういえば、そんなことが――あった、かもしれない。

 あのとき、確か……。


「え、まって。あの時の子、七瀬だったの?」


「うん。そのあと転校しちゃったから、話す機会なかったけど」


「うわ、まじか……え、うそ、偶然すぎない?」


「うん、凄い偶然。同じクラスになったのも。隣の部屋になったのは偶然じゃないけど」


「え?」


「一人暮らしになるって教室で話してたの聞いて、調べた。隣に部屋、空いてて良かった」


「……それって……」


「うん。最初から知ってて、来た」


 そう言って、彼女は俺のTシャツをそっと掴んだ。


「だって、また会えたから。今度はちゃんと仲良くなりたかった」


「七瀬……」


 


 やばい。

 心臓、バクバクしてる。


 こんなに距離近くて、

 こんなに素直に甘えられて――


 これ、もう……


「WiFiのせいにしてたけど、ほんとは……会いたかっただけ」


「……おい、それ反則だから」


「WiFiに感謝」


「台無しだよ!」


 俺の胸のあたりに顔を押し付けながら、彼女はぽそっとつぶやいた。


「じゃあ、これからもWiFi、借りに来ていい?」


「……お前、WiFiって言っとけば全部許されると思ってるだろ」


「うん」


「即答かよ……」


 でも、その笑顔を見たら、

「ダメ」なんて言えるはずもなかった。

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