第2章 証言 ─小学時代─

被害者家族の聴取に向かう前に、俺にはどうしても気になっていた点があった。 遠野湊という人物が、なぜ"語らないこと"に執着するようになったのか── 納得できない何かが残ったまま、俺は小学校時代の記録に手を伸ばしていた。  

  

***

  

「はい、お電話代わりました。……あ、はい、警察の遠藤さん、ですね。ええ、伺っております。遠野くん……ええ、小学校の五年、六年、私、担任でした。


……いやあ、ほんと驚きました。昨日、教育委員会から連絡きて……刑事さんが、って。はい、お時間合わせてくださってすみません。


それで……遠野くん、ですね。写真をみて、思い出してました


いじめ……ですか? ええ、うーん、そうですねぇ……。


校長から、当時かなり厳しく言われました。「なぜ気づけなかったのか」と。「お前のクラスで何が起きているんだ」って。


でも、正直……私の実感としては、“いじめ”ってほどのものは……いや、言い訳かもしれませんが、そんなふうには……。


もちろん、小学生ですから、からかい合いとかトラブルはありましたよ。遠野くん、無口な子でしたけど、友達と一緒に掃除もしてましたし。体育も、普通にやってましたし。


そうそう、場面緘黙症という診断は、保護者の方からも伺ってました。配慮はしてたつもりなんですけど……。


あの、告発文? ……ああ、はい。校長に呼び出されたとき、はっきり覚えてます。「あなたのクラスで深刻ないじめがある。誰が中心か分かっているはずだ」と。


それで……私もびっくりしまして。名前も書かれていたみたいで。「○年○組の○○君が、遠野湊君を集中的にいじめている」って。


でも、私から見た限り、そこまで深刻な状況には……。体操服が違う机に置かれたり、靴が移動されたこともあったみたいですが……。


校長から「被害者が声を上げている以上、見逃すな」「SOSを拾え」と強く言われて。私も、クラスでアンケート取ったり、個別に話を聞いたり。


名指しされた子にも直接問いただしました。でもみんな、「そんなつもりはなかった」「ふざけていただけ」「他の子にもやっている」と……。


今になって思えば、私自身が“子どもたちの本音”を、ちゃんと汲み取れてなかったのかもしれません。


校長からは「君の管理責任は重い」って言われまして……正直、かなり落ち込みました。


でも……私の目に映った遠野くんは、教室では普通に友達と接しているように見えてました。実際、その後も特に大きなトラブルはありませんでしたし。


保護者面談でも、お母さんが「湊は引っ込み思案なので」「皆さんに迷惑かけてませんか」と。成績は平均以上で、手がかからないタイプでした。


でも……やっぱり今思うと、“何も語らない”ことが逆に「見えなかったSOS」だったのかもな、と。あの時もう少し何かできたのか、と思うことはあります。


でも本当に、深刻な“いじめ”があったとは……いまでも思えないんです。


すみません、こんな話しかできなくて。


……ええ、はい、何か思い出したらまたご連絡します。よろしくお願いします。


***


「あっ、刑事さん? 親から連絡あるって聞いて、びっくりしました。


……え?遠野? ああ、あいつのことすか。


……いや、いじめのこと……彼、まだ気にしてんすか?


いや、全然、「いじめ」って感じじゃなかったっすよ、本当に。たしかに、あんまり喋らなかったし、おとなしかったけど、普通に他の奴らと遊んでました。


机の場所をちょっと動かしたり、靴を逆にしたり──まあ、やった覚えはあります。けど、それ、本当に「からかい」で。みんなで笑って、「ごめん」ってすぐ戻してたし。


他の奴にもやってたし。ドッヂボールも、鬼ごっこも混じってたし、クラスで浮いてる感じじゃなかったっすね。


先生にすごい怒られたときは、「え、俺そんなことした?」って、びっくりしました。親にも怒られて、なんか訳わかんなかったです。


あの告発文? うん、なんか急に学校呼ばれて、「お前が全部悪い」みたいな空気で。いや、マジで……ちょっとショックでした。


遠野? ……謝っても、「うん」ってだけで、何考えてるか分かんないんですよ。


その後? みんなも俺のこと避けるようになって、遠野とも距離できて。あの事件から、クラスの空気悪くなっちゃって、俺も学校行くの嫌になりました。


今になって思えば、やりすぎたとこもあったかもしれないけど……。でも「いじめ」って言われるのは、違うと思うんですよ。本当に、ふざけてただけなんで。


もし本人が本当に辛かったなら、それは悪かったのかもしれないけど、でも全部「決めつけ」みたいになって、それがずっと引っかかってます。


……なんていうか、まあ、今さらどうしようもないですけど。


***


「もしもし、神谷です。あっ、刑事さん。……はい、遠野君のことですよね。ええ、昔仲良かったんで。


僕は読書が好きで、彼もよく図書室で本読んでて。自然と話すようになりました。好きな作家の話とか、静かに語るのが楽しそうで……。僕は、普通の子だと思ってました。


図書室で一生懸命、何か書いてたのは覚えてます。なにそれ?って聞いても、絶対見せてくれなかったですけど……。


いじめ……ですか?


僕は違うクラスだったんで、よく分からないです。でも、そういうふうには見えなかったです。家に遊びに来たり、ゲームも一緒にやってたし、普通に笑ってましたよ。


あ、そういえば、ゲームしてるときに、急に「嫌な奴をハメてやったんだ」って、ニヤッと笑ったことがあって……怖っ!て思って、印象に残ってます。


そうそう、遠野くん、ずっとウチとか、他の友達のうちに入り浸ってました。家が嫌いだとか、居場所がないとか、そんなこと言ってた気がします。


僕は中学から部活始めて、彼とは疎遠になっちゃいましたけど……。


……遠野くん、あいつ、何かやったんですか──

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