就職活動編

第14作 【三題噺 #113】「抵抗」「歴史」「物質」

「我が気持ちを物質化しろというのか?」

「いえ、状況報告ですから、この一か月の状況を書いてくれたらいいです」


 ここは各宇野かくうの市役所の生活保護担当窓口。


 窓口に来た生活保護受給者は呂律ろれつ、ケースワーカーは蓮戸れんとという職員が担当していた。


「呂律さん、その中二病発言はやめてくださいね」

「癖なんです……」


「そういえば、明日は居酒屋チェーン『とり肉民にくたみ』の採用面接ですね。」

「はい……」


「経験がない接客業は抵抗あるかもしれませんが、まずは収入を得ることですから」

「はい分かってます」



 * * *



 面接会場となるとり肉民の本社に着くと、他にも受験者がいた。試験は集団面接、長机ごとに三人ずつ面接が行われるらしい。

 同じ組の二人の男は、知り合いのようで同時にトイレへ立った。呂律ろれつも緊張のあまり、トイレに行った。


 トイレでは、小便器は三つ、同じ組の二人と初老の男性が用を足していた。


 そこに掃除のおばさんが入ってきた。

 同じ組の男は邪魔くさそうに言った。


「ちっ、邪魔だなー。人がいないときにやれよ!」

「臭いよおばさん」


 同じ組の二人は、さっさとトイレを出ていった。初老の男性はが悪いのか、呂律と同じタイミングで用を足し終えた。


 初老の男性は掃除のおばさんに声をかけた。

「さっきの若者の言葉なんか気にせずに。いつも掃除ありがとうございます」


 掃除のおばさんは答えた。

「お気遣いありがとうございます」


 その時、おばさんの掃除用具入れのカートから掃除に使っていたタオルが落ちた。


 呂律ろれつは、そのタオルを拾っておばさんに声をかけた。

「落ちましたよ」


「ありがとうございます。申し訳ありません、便器を拭いたタオルなのに……」

「いえ、手を洗えば済むことですから」


 その、呂律の様子を初老の男性は見ていた。



 * * *



 いよいよ集団面接が始まった。


「それでは面接を始めます」


「あっ……」

 呂律を含む、面接受験者三名は小さく声を上げた。


 面接官として中央に座っている男性は、トイレで見かけた初老の男性だった。


「トイレでは、どうも。トイレ掃除は邪魔ですか? 臭いですか? そのような仕事をしてくれる人がいるから、私たちは気持ちよくトイレが使えるんですよ。そちらの若いお二人は、面接結果を言わなくてもわかりますよね? では……呂律さん、我が社を志望された動機を教えてもらえますか?」

「はい、御社、居酒屋とり肉民の母体となる会社は大正時代創業の鶏肉の卸問屋とのことで歴史ある会社とお聞きしています。私は……」



 * * *



 一週間後、面接の結果が届いた。


『弊社の採用面接にお越しいただき、ありがとうございました。

 慎重に選考を進めさせていただいた結果、誠に残念ながら今回は選考を見送らせていただくことになりました。

 貴殿の益々のご活躍をお祈り申し上げます。』




 呂律はつぶやいた。

「いや、合格する流れだっただろ!?」

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