makowariの創作企画参加用短編集

まこわり

カニの着ぐるみ編

第1作 三題噺「梅酒」「距離」「種族」

 各宇野かくうの市役所生活保護担当課で蓮戸れんとげんは保護申請窓口を担当していた。


 待合室に、右手に梅酒の500ml缶を持ち、左側の席にはリュックを置き、二席を占領しふんぞり返っている40歳前後の男がいた。その異様な雰囲気から他の市民はその男から距離をとって座っていた。


 蓮戸れんとは、思っていた。

(うわー、ややこしそう。あの人の窓は担当したくないな……)


 しかし、蓮戸の願いはむなしく、呼ばれた順番待ち番号はその男のものだった。

 市民によって態度を変えることなく、いつものように対応を開始した。


「生活保護のご相談ですか?」

「そうだ」


 男は答えた。


「では、こちらの申請書に記入お願いします」


 男は申請書に書きながら蓮戸に向かって言った。

「まったく、人間という種族はつくづく面倒な生き物だな……」


 申請書の氏名欄には

『セドリック ロレンツ』と書かれていた。


 男は明らかな日本人男性の顔をしていたので、蓮戸は確認した。

「あの、本名を書いていただけませんか? これ、絶対違いますよね?」


「我が真名を知りたいと申すか?」


 その時、蓮戸の背後から声がした。

「あれ、呂律ろれつさんじゃないか、久しぶり。仕事はうまくいってるかい?」


 呂律ろれつと呼ばれた男は目が泳いでいた。おどおどしながら答えた。

「先日……、クビになりました……」


 蓮戸が振り返ると是間ぜま課長だった。蓮戸は是間課長に尋ねた。


「課長、この方とお知り合いですか?」

「そうだよ、私がケースワーカしていた時に担当してたんだよ」


 是間課長は申請書を見た。


「『セドリック ロレンツ』? あんた! また、こんなこと書いて! そんなんだから、仕事もクビになるのよ! 働く気あるのかい!?」


「はい、あります」


「まったく、今度こんな申請書を書いたら、却下だよ」

「すいません、ちゃんと書きます」


 その後、呂律ろれつは申請書の氏名欄には呂律ろれつりくと、きちんと書き直し蓮戸に手渡した。

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