第三話 名前を呼んで
で、でか…………。
それ以上の感想が出なかった。とにかくどデカい門。もはや屋敷というより、城だ。
門から続くのは、長い道。辺りは真っ暗で、敷地内にぽつぽつと灯る燈籠だけが、道を照らしていた。道の先は闇に呑まれて見えない。
不安になって後ろを振り向けば、そこには細い山道と、鬱蒼とした森。
高級住宅街なんてどこにもない。来る途中にリムジンの中から見えていた景色を必死に思い出す。畑、田んぼ、田んぼ、民家、田んぼ、畑。そうだ。そんな感じだった。……え!?
「あ、あの……」
「着いて来い」
不信感を抱きつつも、着いて行くしか選択肢は無い。リムジンはもう行ってしまった。見知らぬ土地の、しかも山の中だ。帰る術など、無い。
駆け足で着いて行くと、私の動きに合わせて、後ろの燈籠が消えていった。前を見ると、歩いていく峰雪さんに合わせて、燈籠が灯いていく。
なんだこれ。不思議だが、粋な仕掛けだ。
燈籠の火は、生きているかのように揺らめいている。まるで、ファンタジー好きの同僚が話していた、鬼火燈籠ってやつみたいだ。凝ってる。
屋敷が見えてきた。やっぱり大きい。大きすぎる。灯りが少ないのもあって、全体像が見えなかった。それほど大きい。
そして、かなり古そうだった。古いといっても、ボロボロだとか、そういうわけじゃない。年季の入った、歴史がありそうな、とにかく荘厳な屋敷だった。
「おかえりなさいませ」
お屋敷に着いた途端、色々な方向から色々な声が聞こえた。周りが暗くて、誰がどこに居るのか分からないからだろうか。
「只今戻った。客人は、俺の嫁だ。準備は抜かりないな?」
「整っております」
「それは楽しみだ」
峰雪さんは、振り返ると「お前」と呼びかけた。
目を向けられているのが自分だと気付くのに、少し時間が掛かった。周りをきょろきょろし過ぎたかもしれない。
「はっ、はい!」
声が裏返るのを、小さく笑われた。恥ずかしい。
「すまない。名前を聞いていなかったな」
たっ……確かにそうだった!
あまりの怒涛の展開に、私自身もすっかり忘れていた。
峰雪さんの後ろからは「旦那様〜」とか、「もう、しっかりなさってください」とか、くすくす笑う声が聞こえる。
彼は気にも留めていない様子だ。意外と、使用人との仲は良いようだ。もっと厳格な空気なのかと思っていた。
「かっ……風原、やませです」
緊張のあまり噛みそうになりながら、私はなんとか答えた。いくら和気あいあいとした空気が流れていても、この緊張だけは解せない。知らない土地、知らない場所、知らない人たち。これが仕事だったら問題無く過ごせるのだが、生憎プライベートだ。人見知りとまではいかないが、せめて緊張くらいさせてほしい。
「そう固くなるな」
駄目だったらしい。
私はギギギ、と口角を上げて「大丈夫です」とにこやかに言った。
周りから、生温かい視線が送られているのを感じる。いたたまれなくなった。
それを察してか、峰雪さんは私に柔らかい笑みを向けた。
「また後で。やませ」
その破壊力たるや。
呆然としていると、彼は「あとは任せた」と使用人に言いつけて、さっさと家に入っていってしまった。
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