キュウビに嫁いだ私は、愛の雪から逃れられない
中村朝日
第一話 イケメンとの遭遇
「こんな家、出てってやる!!」
駆け出した私は、結界に頭を思い切り打ちつけ、失神した。
風原やませ、二十三歳。彼氏なし。前の彼氏とは就活前に別れて、もう二年経つ。華の無い日々。乾いた日常。そんな無為な時間に、一滴のうるおいが落とされた瞬間があった。
「予約した、峰雪だ」
要は、顔の良い客が来たのだ。
「はい。峰雪様ですね。お待ちしておりました。ご案内致します」
内心のニヤニヤを抑えながら、お部屋までご案内する。
うちの旅館は結構小さいところだから、こんなに高級そうなスーツを着たお客は滅多に現れない。
オールバックの髪が、緩くほどけて額に落ちている。ぴっちり三揃えを着込んでいるのに、そこはかとない色気があった。
鼻梁はすっと通り、眉はまっすぐ丁寧な線を描いている。切れ長の目は冷たく感じられるが、美しい。総じてクールなイケメンといったところだ。
細身だが男性らしいしっかりした身体つきも、女性に受けそうだと思う。というか、受けてる。私に。
「こちらの、桃の間でございます」
そっと襖を開ける。
桃の間とは、随分と可愛らしい選択をしたものだ。桐の間や、松の間など、うちの旅館にはまだまだ良い部屋はあるのに。きっと部屋の襖の絵とか、気にしない人なんだろう。
イケメンが部屋に入ったのを見計らって、声を掛ける。
「庭園を眺めながら、ごゆるりとお過ごしくださいませ」
言い終わると、きっちりと礼をして、慎重かつ迅速にその場を離れた。
すぐにお茶とお菓子を用意して、お出しする。
お茶を淹れ終わったところで、お懐紙を渡された。
「世話になる」
「はい」
思わず間抜けな声が出てしまった。お懐紙のチョイスが可愛すぎたのだ。さりげなく桃の花があしらわれた、薄い色のものだった。女性的と言われればそうだ。彼女さんとか奥さんが選んだものなのかな? と、要らない詮索をしてしまう。
詮索といえば、この人は全く歳が分からない。大人びた色気はだだ漏れだが、そんなにお歳を召されているようには思えない。若いかと言われれば、若くも見えるが、そうでもないかもしれない。つまり、絵に描いたような年齢不詳の男だった。
そんなことばかりを考えている暇は無かった。気を取り直さなくては。
「お気持ち、有難く頂戴致します」
深々とお辞儀をすると、彼は「ああ」とだけ言った。
一泊二日の短い付き合いだったが、彼はずっとそうだった。しっかりこちらを見て、話してくれる。仲居の私をこき使わない。繊細な仕草をする人だが、言葉は大分簡素だった。
乱雑までいかないが、大分そっけない。クールな見た目に違わずって感じで、私はむしろ好感が持てた。だって、かっこいいじゃん。
帰り支度が終わる頃に、お邪魔した。しっかりしていそうな彼に限って無いだろうが、忘れ物の確認をしに来たのだ。今日はシフトの都合で抜けることになっているので、早めにお別れの挨拶もしに。
軽く声を掛けて、忘れ物の確認をさっと済ませる。子供連れの客が居ると、部屋が綺麗になったところで記念撮影をしたりもするのだが、その必要は無いだろう。
特に問題は無かったので、「それでは」と向き直る。
「いってらっしゃいませ。道中お気をつけて」
頷いてはもらえなかった。峰雪様は、そこに佇んだままだ。
チェックアウトへ促すか迷っていると、彼はやっと口を開いた。
「気に入った」
「あ、ありがとうござ……」
「お前は、俺と相性が良い」
「はい?」
「結婚を申し込む」
「え……?」
待って、何!? 結婚?
もしかして、私、今プロポーズされた!?
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