君の季節が幸せで溢れますように

月城ナノ(柑月渚乃)

本文

 また空っぽのアタマから優しい目覚ましの音が鳴る。瞼越しに感じた朝の光とかが色々、かったるい。重い夜明けの空気を吸って私は今日も体を起こす。


 待ち合わせの時間には遅れられない。多めに用意した時間の余白をどう使おうか洗面台の前で迷っては、いつのまにか文字盤が進んでる。これも前回と同じ。繰り返し。

 鏡に映った私通りに私はかわいく映れているのか、なんて。普段より気になってしまう。


『今日楽しみだね』

とか送ってみたり、ね。



 

 待ち合わせ場所に着いたら、そこにはもう君がいて。夢でも会ってまた会って。水族館にするとか映画館にするとか、私からすればそんなの実際は何でも良い。


「似合ってるね」


 って言われた事にちょっと照れてるふりをして。告白前の駆け引きを思わせるような少し狡いことをして、ただ君の長い黒い髪の先を見てた。

 多分すごい時間かけてくれたんだろうなってそう思って。ちょっと胸がぎゅっとなって。


 


 大型水槽の中を泳ぐ魚の群れの。自由さみたいなのにちょっと感動した。

 君もそうだったらいいななんて、どこか思って、そんな自分がなんか恥ずかしくなった。けど、いつか分かってくれたら嬉しいなって静かに横を見た。


 水族館は水槽の中から外が見えないように暗くなっているんだって。君の頭の中もそうみたい。

 君の辺りはずっと春で。君の笑顔は少し前よりずっと輝かしくて。それに合わせて笑うようにいつの間にかなってた。服の趣味だってそう。

 

 結局、魚より君の顔ばかり見てたよ。君の色ばかり、ね。

 袖を引っ張る君の横で、私はお揃いで買ったキーホルダーを絶対なくさないようにって自分に言い聞かせて水族館を出た。


 帰り道、車道側を歩く君が男の子に見えて。でも、ちゃんと女の子で、どうしよう。

 そう見えるようになったのはいつからかな。やっぱり告白された時から、なのかな。


 夏風が二人の右手と左手の間を抜けた。

 信号が点滅し始めたのを、一気に駆け抜けた。


 


「また明日」


 電車で座った私に向けて、ホームで手を振る君がいた。電車はトンネルへ、向かう。

 ……春はもう終わる。終わるその足音が聞こえてくるみたいだ。


 


 帰った瞬間、また私はすぐにベッドに落ちた。眠った体に反してアタマはまだ、起きている。


 今日の彼女の笑顔を思い出す。

 春でいっぱいな、あの笑顔。


 君が、悪いわけじゃない。私に問題があるんだ。直そうとは思ったよ、何度だって思ったよ。


 ――やっぱり、私のアタマには無害な悪霊が巣食っている。


 期待されていることは何も出来なかった。

 これからはもっとしなきゃいけないことが増えるんだろうか。キスだとかそういうの。


 この大切な私と君の世界を、壊さないようにするにはどうすればいいのかなんて、私には分からない。

 今日もずっと顔色をうかがってたよ。


 なんで、なんで……友達じゃダメなんだろう。


 君には絶対に言えない。でも、いつか終わりがやって来る。

 今日だってずっとバレているんじゃないかって、顔に出ているんじゃないかって思って落ち着かなかった。


 それでも。でも。全部ムダになったらって思ったら、ごっこ遊びをまだ続けたくなってしまうんだ。


 ごっこが本物になることなんてないのに、失いたくは、ないの。


 ずっと女の子でいてよ、ただの友達で……いさせてよ。

 なんてこんなの、言えるわけない。




 ――だから、せめて。


 せめて、『君の季節が幸せで溢れますように』って祈らせて。

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