第二十三話 戸波砦の仲間たち

「……なんや、これ」


 商人である『大藤屋おおふじや信三郎しんざぶろうの目の前に真新まあたらしい三方さんぽう(神様にお供えするものをせる台)がえられ、折敷おしき(上の四角いお盆)の紙の上に砂金さきんが光り輝いています。


 黙ったままの私たちを見て、信三郎しんざぶろうは砂金をつまみ上げます。


「……本物や」


 それを見ていた九郎が口を開きます。


信三郎しんざぶろうどの。依頼品いらいひんの代金として、金二十もんめ(75g)を用意した。いかが?」


 信三郎しんざぶろうは砂金を元に戻し、しばらく沈思ちんししたあと、ぽつりと口を開きます。


「よぉ集めたな。そやけど、この砂金さきん出所でどころはどこや? それが分からんと何とも言われへん」


 何を怪しんでいるのかしら? 私は床をバンバンと叩いて答えます。


信三郎しんざぶろう! この砂金さきんは私がお母さまからもらったものよ! 後ろ暗いものじゃないわ!!」


 あっけにとられた表情で信三郎しんざぶろうは私に目を向けます。


「さよか。小瑠璃こるりのおかんのものか。そやったら、遠慮はせぇへん。ありがたくもろとく」


 砂金さきんを丁寧に紙に包みんだ信三郎しんざぶろうは、懐に大事そうにしまいました。

 

「ほな、あの品物は全部、ジブンのもんや、九郎。好きにつこたらええ」


 そう言うと、信三郎しんざぶろうは姿勢を正し、顔を引き締めるのです。


「九郎……いえ信賢のぶかたさま、この大藤屋おおふじや信三郎しんざぶろう宗高むねたか、お願いのがございます」


 そう言うと、九郎(=信賢のぶかた)に深々と頭を下げるのです。何だか……信三郎しんざぶろうっぽくないわ。ちょっとさみしい……。


 九郎は黙ったまま、信三郎しんざぶろうの方を見つめています。でも、いつもと違って、笑顔じゃないんです。


「私の才覚さいかくは未熟ではございますが、信賢のぶかたさまのお役に立てればと、せつに願っております。この宗高むねたか、この身を殿にお預けし、忠誠をくす所存しょぞんにございます」


 周りで見ている小笠原兄弟おがさわらきょうだい快雲和尚かいうんおしょうさまも、あまりの豹変ひょうへんぶりに目を見張っています。でも、九郎は当主とうしゅらしい威厳いげんを見せて答えるのです。


大藤屋おおふじや宗高むねたかどのの才覚さいかくは、かねてより聞き及んでおり、とても心強く思っている。この千徳家せんとくけを共に盛り立て、よりよい明日を築いてくれることを期待する」


「ははっ」


 顔を上げた瞬間、九郎と信三郎しんざぶろうがいつものような笑顔になりました。私は何だか胸がいっぱいで、つい涙をこぼしてしまいます。


「なんや、小瑠璃こるり。そないにうれしかったんか?」


 私は懐紙かいしでそっと涙をきます。


「ば、馬鹿! ちがうわよ。……何だか、二人が遠くに行っちゃう気がしてさ……」


 その瞬間、信三郎しんざぶろうは私のそばに脱兎だっといきおいで接近してくるのです。


「相変わらずのさみしがり屋やな。大丈夫、ずっとそばにおるからな」


 そう言うと、ぎゅうっと私を抱きしめるのです。ほらあ、これなんだよ……。


 九郎! 九郎! 早く助けて!! あかねちゃん!!!

 それなのに、みんな笑ったままなんです。ひどくない?


 この日、千徳家せんとくけに新しい仲間が加わりました。


 名前は大藤屋おおふじや信三郎しんざぶろう宗高むねたか。昔から九郎や私を守ってくれたお兄ちゃんなんです。誰よりも信頼していることは、本人には内緒ないしょですけど。



 §



 その夜、信三郎しんざぶろう歓迎かんげいうたげが開かれました。大広間にて一同が顔を合わせての会食なんです。


 強飯こわめし玄米げんまいした米)に、鶏肉、大根の味噌汁、かぶの漬け物、梅干しがぜんに載せられています。全員が同じ食事です。もちろん、あかねちゃん、イネさんもです。


「なかなか美味うまいわ。それに、全員が同じものを食べるゆうんはええな」


 信三郎しんざぶろうは味噌汁を飲んで、舌鼓したづつみをうっています。


 本当にそうだよね。それを聞いて、私は自分のことにのようにうれしくなります。上座かみざ下座しもざもなく、みんな丸くなって座っているんです。お酒も配られ、大広間は大盛り上がりです。 


 私はそっと席を立ち、あかねちゃんに合図を出します。あかねちゃんはうなずくと、台所から茶碗を持ってきてくれました。玄米げんまいと麦を混ぜたおかゆです。


「イネさん、これ食べて。強飯こわめしだと固いでしょ」


 うなずいたのを確かめて、イネさんの横でおわんを取り替えます。


「ありがと、小瑠璃こるりちゃん」


「いいの、いいの。いっつもお世話になってるからね」


 そりそりとイネさんははしを使って、かゆを流し込んでいきます。


美味おいしいねえ。お味噌を使ってるんだねえ」


 笑顔が顔いっぱいに広がってる! よかったあ。


「うん。和尚おしょうさまから無理矢理もらったの」


「無理矢理……」

 

 私のおぜんもこっち側に運んでもらい、イネさんと一緒に食事を楽しみます。私はかぶが大好き! 

 はしで漬け物を一つつまんで、口の中にそっと入れます。


 一口むと、バリ、ガリとした音とともに、塩辛しおからさとかぶの青臭さが口の中に広がります。音も一緒に食べてる感じが好き! 美味しい! しゃくしゃくの歯触はざわりがたまりません。


小瑠璃こるりちゃんは美味しそうに食べるねえ」


 次々とご飯が減っていくのを見て、イネさんは目を丸くしています。


「まあ、治療だから無理にでも食べないとね」


 ふふんという顔でイネさんに答えます。すると、イネさんはふところの中からお守りを一つ取り出すのです。


「ね、小瑠璃こるりちゃん。いっつも私を背負せおってくれてありがとう。いつか渡そうと思ってたんだけど、これ」


 麻布あさぬので作られた白いお守りでした。イネさんは私の手に、そっとお守りをにぎらせてくれます。何だか暖かい。


「わあ、きれい。これ、どこの神社で?」


 イネさんは砦から出かけられないから不思議です。


「これはね。裏の神社に来る神主かんぬしさまからもらったんだよ」


 瑞光寺ずいこうじの隣に小さなほこらがあるんです。私は見たことがないのですが、時々神主かんぬしさんが来ているのでしょう。


「でも、イネさんのお守りがなくなっちゃうんじゃ?」


「わしは、もう一つ持ってるから大丈夫」


 そっかあ、おそろいかあ。私はそっとお守りをふところにしまいます。


「ありがとう、イネさん。肌身はだみはなさず持ってるね」


 イネさんはうれしそうにニコニコするのでした。


 その日から、私がイネさんを背負せおって川を眺めた後に、小さなほこらの前で手を合わせることが習慣になりました。イネさんは水でらした布を持ってきては、ほこら隅々すみずみまで拭くのです。


「ずっと、きれいにしたかったんだよ。小瑠璃こるりちゃんのおかげで、願いがかなったねえ」


「そんな大げさだよ。さ、イネさん、行こ!」


 よいしょとイネさんを背負せおうと、光るようなほこらが私たちを見送ってくれるような気がするのでした。

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