第2話「茨城魂で家臣統率」

 オレは、平手政秀に支えられながら城の廊下を歩いていた。


 


 那古野城。


 尾張の小さな城にすぎねぇ。だけどこの城から、後に戦国乱世をぶっ壊す『織田信長』が生まれる。


 ……まぁ今は、そいつがオレなんだが。


 


 ガキの身体はやっぱり軽ぇ。


 でも、それが不安だった。


 このちっせぇ手で、本当に歴史を変えられるのか。


 あの血の匂いが充満する戦場で、本当に生き残れるのか。


 


 ……不安? 笑わせんな。


 


 オレは族のヘッドだった男だ。


 ビビったら負けだってのは、身体が変わろうと変わらねぇ。


 


 


 ◆


 


 「吉法師様、お集めいたしました」


 


 政秀が静かに言った。


 


 障子の向こう、畳の部屋に座らされているのは十人ほどの小姓と侍女たち。


 オレと同じくらいのガキもいれば、十五、六の兄ちゃんや姉ちゃんもいる。


 


 こいつらが、オレの“身の回りを世話する”連中らしい。


 


 つまり、オレが最初に作る『族』の“芯”だ。


 


 茨城の族じゃ、集会で最初にヘッドが筋を通すのが決まりだ。


 筋を通さねぇ奴は裏切る。


 口だけの奴は信じるな。


 言葉に責任を持つ。それが“族”だ。


 


 なら、オレもこいつらに宣言してやる。


 


 


 ◆


 


 オレは座っている連中を見渡した。


 全員、下を向いてる。


 視線を合わせようともしねぇ。


 


 「……なぁ、顔を上げろや」


 


 声が震えてたかもしれねぇ。


 でも、今のオレには関係ねぇ。


 声をかけられた瞬間、全員がビクリと肩を揺らし、恐る恐る顔を上げた。


 


 怯えた目。


 困惑した目。


 興味ありげな目。


 それぞれの目が、オレを見ている。


 


 「おめぇら、オレのことを『吉法師様』って呼んでんだろ?」


 


 誰も答えねぇ。


 


 オレは小さな足で一歩踏み出した。


 畳がギシリと鳴る。


 ただそれだけの音が、部屋を満たした。


 


 「じゃあ、オレの言うことをちゃんと聞け」


 


 言葉が落ちるたびに、心臓がバクバク鳴った。


 けど、それが気持ちいい。


 久しぶりだ。この感覚。


 族の集会で“宣言”する時と同じだ。


 


 「おめぇら、今日からオレの族だ」


 


 その言葉に、一瞬空気が固まった。


 


 「族……?」


 


 年上の兄ちゃんが小さく呟いた。


 


 「族ってのはなぁ……」


 


 オレは笑った。


 


 「家族だ。兄弟だ。仲間だ」


 


 視線を外した奴がいた。


 その瞬間、オレはそいつを指差した。


 


 「おめぇだよ、そこの! オレの目見ろ!」


 


 ビクリと肩を震わせながら、そいつがオレを見た。


 


 「ビビってんじゃねぇよ。おめぇも、今日からオレの家族だ」


 


 もう一歩、前へ出る。


 


 「おめぇら全員だ。オレの飯の世話する? 服を着せる? ケツ拭く? 上等じゃねぇか」


 


 畳の上で震える声を絞り出す。


 


 「オレは、仲間を裏切る奴が一番嫌ぇだ」


 


 大きな声じゃねぇ。


 でも、今のオレにできる精一杯の声だった。


 


 「だから、裏切った奴は——くらつけっとだ」


 


 言葉の意味がわかんねぇ顔をしてる奴もいる。


 わからなくてもいい。


 


 「ごじゃっぺしたら、くらつけっと! わかったか!」


 


 部屋に響く声に、全員が息を飲んだ。


 


 「オレはこの那古野で一番になる。尾張で一番になる。いや、この国で一番になってやる!」


 


 オレの心臓が熱くなる。


 


 「だから、おめぇら全員! オレに付き従え!!」


 


 自分の手が震えてるのがわかった。


 でも、それがいい。


 オレはこの時代で生きてる。喧嘩してる。仲間を作ってる。


 


 これがオレの“宣言”だ。


 


 


 ◆


 


 沈黙が落ちた。


 


 でも、すぐに膝をついて頭を下げる音がした。


 次々と頭を下げる音。


 


 「は、はい……!」


 「吉法師様……!」


 「お、お仕えいたします!」


 


 泣きそうな声で叫ぶ奴もいた。


 声にならずに頭を下げ続ける奴もいた。


 


 オレは笑った。


 


 「上等だ。これでいい」


 


 


 ◆


 


 部屋を出ると、政秀が頭を下げたまま震えていた。


 


 「吉法師様……これほどの威厳をお持ちとは……」


 


 「威厳? バカかおめぇは。オレはただ、仲間作っただけだ」


 


 政秀が顔を上げる。


 


 オレはその顔を睨んで笑った。


 


 「オレは、てめぇらの“頭”だ。覚えとけ」


 


 政秀の目が見開かれ、すぐに深く頭を下げる。


 


 「かしこまりました、頭目様……いえ、吉法師様」


 


 笑いが込み上げる。


 


 そうだ。


 これでいいんだ。


 オレはこのちっせぇ身体で、もう一度“族”を作る。


 


 ごじゃっぺしたら、くらつけっと。


 


 裏切りは許さねぇ。


 


 仲間を守る。


 


 筋を通す。


 


 オレがオレでいるために。


 


 オレはこの時代で——


 


 天下を獲る。


 

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