第28話 ミラージュドラゴン召喚!


「ぎゃははははははぁ!! 出でよ、幻影飛竜ミラージュドラゴンッ!!!!」


 グロムの高笑いと共に、村の中心に巨大な影が立ち上った。

 それは紛れもないドラゴンの姿へと変貌する。


「ドラゴン……なのか……?」


 だが、それはまるで幻のような姿だ。


 肉体を持たない半透明な存在でありながら、その巨体は禍々しい紫色のオーラを纏い、淀んだ濁流のように全身の鱗が蠢いている。

 裂けたような口からは牙が覗き、血のように赤い瞳は、理性なき暴力をたたえていた。


 不安定なホログラムのような、まさに幻影のドラゴンである。


「ぎゃははっ! いつもよりも禍々しいこの姿……これが俺様の真の力なのか!! テメェらなんて幻影飛竜の前では成す術もなくひれ伏すのみよぉ!!!! ぎゃははははははっ!!!!」


 グロムが狂ったように叫ぶ。

 幻影飛竜はその巨体をゆっくりと持ち上げると、轟音と共に咆哮を上げた。


「ギャオオオオオオオオオオオオオオン!!!!」


「さぁ、やれぇ!! こいつらをぶっ殺せぇ!!!!」


 グロムが狂気的な笑みで俺たちを指さす。

 しかし幻影飛竜はグロムの想像とは違う方向へと向きを変えた。


「……はぁ?」


 幻影飛竜の血のように赤い瞳が、真っ直ぐにグロムを捉えたのだ。


「ぐ、ぐあああああああっ!? な、何を……なんをするぅ!?!?」


 赤い瞳がギラリと光りを放った。


 グロムの顔から一瞬にして血の気が引く。


「ひぃ!? な、なんだお前らはぁ!? ド田舎の死人どもが、俺様に近寄るんじゃねぇええええ!?!?!?」


 俺たちの目には見えない何かにおびえるように、幻を追い払うようにブンブンと手を振り回し始める。


「こんな、幻影!! やめろぉ、お前は俺様の力だろうが!? 俺様を攻撃するなあああぁぁぁっ!!!!」


 グロムは口の端から泡を吹きこぼしながら、その場で悶え苦しみ始めた。

 自らが作り出したはずの幻影飛竜に、逆に精神を食い破られ、その瞳は絶望と狂気で濁っていく。


「や、やめてくれえええええええええ!!!! ぐぅぅぅあああああああああああああああ!!!!!!」


 グロムは切り札だと言っていたが、制御できていないようだな。

 完全に自業自得だ。


「精神攻撃……幻影はこのドラゴンの能力だったのか!」


 ドラゴンの威圧感に背筋が凍りつく。

 ミリアもまた、その邪悪なオーラに息をのんでいた。


 いくらミリアの怪力でも、幻のようなこの姿に通用するのか……?


 考えてる場合じゃない。

 とにかく今はこの場を……!!


「あ、あああぁぁぁぁっ!!」


 その時、俺の隣で絶叫したのはリーファだった。


 リーファはドラゴンの禍々しい姿を指差しながら顔を真っ青にして震えていた。

 その瞳には恐怖と、そして底知れない憎悪が混じり合っていた。


「あれは、あのデーモンは……!! 私の、私の村を焼き尽くしたデーモンです……!!」


 リーファの言葉に俺はハッとした。


 デーモンを支配していた能力の正体……もしかして幻影の効果かもしれない。

 だとしたら、それはこの幻影を操るドラゴンの力だろう。


 その元凶は騎士団長であるグロム。


「デーモンに村を襲わせたのはラヴォルス騎士団か……!」


 リーファにとっても仇なワケだ。 


「リーファ、あとは俺たちに任せろ。俺たちがあいつをぶっ飛ばしてやるから」


 だから今はみんなを逃がさないと。

 俺がミリアを精神攻撃から助け出せたのはスキルの力があったからだ。


 そのスキルの対象は恐らく人間ではミリアだけ。

 他のみんなを助けることはできない。


「グラン・ノーラ! リーファを頼みます。みんなと一緒に森の外へ!」


「おいおい、アンタまさかと戦う気かい!? ドラゴンはデーモンの中でも頂点に君臨する最強の種族だ! いくらアンタでも危険すぎるよ!!」


 ヤバさは一目見れば分かる。

 本来なら一緒に逃げるべきだろうな。


「アイツは幻影を操る……だが、どういうワケか俺には効かない。それにミリアもいる。俺のスキルがあればミリアも幻影に捕らわれることはない。俺たちだけがあのドラゴンと戦えるんだ」


 俺たちはエルン村を取り戻すためにここに来た。

 あんな化け物を野放しに出来るワケがない。


 少なくとも、ミリアはそう考えるハズだ。


「えぇ、グラン・ノーラ。ここは私たちに任せてナクシャ村に戻っていてください」


「ミリアンナ……無茶だけはするんじゃないよ?」


「もちろん。私にはマサト様がついていますから、絶対に負けません。必ずみんなを!」


「ふふっ、少し見ない間に随分と頼もしくなったもんだね」


「マサト様のおかげです」


 最後にグラン・ノーラは俺を振り返った。


「すまない。あたしはアンタの力を見誤っていたようだ。あとでたくさん謝らせてください。エルン村を……ミリアンナを頼みます」


 そう言って初めて俺たちに頭を下げたのだった。


「もちろんだ。必ず救って見せる」


「ありがとう……さぁ、みんな! 撤退だよ! 急ぎな!」


 老人とは思えない身軽さで村を去っていく。

 もしもデーモンの残党がいたとしても、この人たちならば問題ないだろう。

 これならリーファも安心だ。


「さて、どうする?」


「えぇ、どうしましょう?」


 それよりも問題は俺たちの方だな。


「ひ、ひひっ……ははっ……」


 グロムは完全に壊れてしまったようだ。

 幻影のドラゴンはそんなグロムから興味を失ったように俺たちに振り向く。


「とりあえずぶん殴ってみる……というのはどうでしょう?」


「他に手もない。もしミリアのスキルで無理ならイナズマの威力じゃダメージなんて与えられないからな」


「あはは、私の責任が重大ですね」


「今までもそうだっただろ?」


「まぁ、そうですけど」


 ドラゴンの圧倒的な存在。

 それを前にした感恐怖をごまかすように、俺たちは軽口を叩きあった。


「援護はする。ミリア、存分に戦え!!」


「はい、ご主人様!!」


 俺の命令によりスキルを発動させたミリアが地面を蹴り、ドラゴンの巨体へと跳びかかる。


 ――ブォン!!


 だが、幻影のドラゴンは物理的な攻撃を受け流すかのように、その半透明な体を揺らすだけだった。


「……っ!! 手ごたえがありません!!」


 ミリアの拳が空を切る。


 だったらこれはどうだ?


「イナズマ、最大出力だ!!」


 イナズマの羽を収束させ、いっきに放つ。


 ――バチィ!!


 人間なら気絶では済まない威力の電撃だ。


 だが、やはり幻影のドラゴンには効果がない。


「くそ、卑怯だろ……!!」


 実体がない敵を相手に……どうすれば良い!?


(もしもコアのようなものがあるとすれば……あの古井戸か!?)


 考える暇を与えないとでも言うように、ドラゴンの赤い目が俺たちを捉える。


「ギャオオオオオオオオオオオオオオン!!!!」


 真っ赤な光が迸った。


 ドラゴンの全身から、淀んだ紫色の魔力が放たれる。

 その影響で村のあちこちに虚ろな目の村人の幻影が現れた。


 今度の幻影は俺の目にもハッキリと映った。


「……これが、幻影!? ミリア、大丈夫か!?」


「はい……! 幻影は見えますが、現実と区別がついています! 問題ありません!!」


 幻影に思考を支配されるまでには至っていない。


 これなら大丈夫だ。

 戦える。


「ミリア、あの古井戸だ!! これが召喚の儀式か何かなら、必ずどこかにコアがある!!」


「分かりました、ご主人様!」


 物理的なコアさえ見つかれば破壊することは簡単だ。


「村を返してもらいます!!」


 ミリアが再び地面を蹴る。

 古井戸に向かって一直線に跳んだ。


 ――ボボッ!!


 その時、古井戸の周囲に濃密な魔力が迸った。


「うっ……!?」


 その奔流でミリアの体が吹き飛ばされる。


 物理的な衝撃を伴うレベルの密度の魔力だ。


「ミリアっ!!」


 イナズマの翼でミリアを抱きとめる。


「大丈夫か!?」


「あ、ありがとうございます、ご主人様。吹き飛ばされただけでダメージは……うっ!?!?」


 その時、ミリアの体が震え始めた。

 ミリアが頭を押さえるようにしてうずくまる。


「ミリア!?」


 その全身から、これまで感じたことのないほど強烈な気配を感じた。


 ミリアだけじゃない。

 村の地面を這うように流れる何か。


 まるでミリアの力が村と共鳴しているような感覚があった。


「ご、ご主人様……っ!」


 ミリアは苦悶に満ちた表情で俺を見上げた。

 そ瞳は激しい力の奔流に揺れている。


「私のスキルが叫んでいる……! 力を取り戻せと、私に叫んでいます……!! ご主人様、私に命令してください……! でないと、このスキルを制御できなくなりそうです……!!」


 ミリアは懇願するように叫んだ。

 ミリアのスキルがこの村に隠された何か……魔力のような力に反応している。


「わかった。ミリア、命令だ」


 俺は迷いなく命令を下す決断をした。


 俺のスキルを通して感じるからだ。

 ミリアのスキルが覚醒しようとしてるのだと。


「スキルを解放しろ!!」


 俺の言葉がミリアの全身に響き渡る。


「はい、ご主人様!!」


 ――ドクン!!


 エルン村が震えた気がした。


 その瞬間、ミリアの全身から爆発的な魔力が噴き出した。

 それは今までのような暴走とは違う。


 紫色の瘴気を吹き飛ばし、幻影のドラゴンすらも揺らがせるほどに圧倒的な輝きを放つ銀色のオーラがミリアの体を包み込んだ。


 ミリアの背後に立ち上るもう一つの幻影。

 その姿はまるで神話に語られるような銀色の巨人だった。


 それはまさしく……


「……ゴリラだ」

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