第19話 お風呂上がりのディナー


「お皿、こっちで良いか?」


「はい。ありがとうございます、ヒビノ様」


 エルン村から戻った俺は、シルヴィアたちと一緒にディナーの用意を手伝っていた。


 村の異様な雰囲気……なにか秘密がありそうだった。

 そんなことを考えていると、ミリアが現れた。


「マサト様、お風呂あがりました」


「おかえり」


 お風呂上がりのミリアとリーファに、思わず目が釘付けになった。


 ミリアは湯気でほんのり上気した肌に、薄手のルームウェアがぴたりと馴染み、その健康的な曲線美が際立っている。

 いつもの赤い三つ編みはほどかれ、まだすこし濡れたままのしっとりとした髪がやわらかく揺れている。

 火照った頬と潤んだ瞳は無邪気さと大人の色気を同時に放っているみたいで、思わず見惚れるほどだ。


 リーファは洗いたてのフワフワな髪と、ほんのりピンク色の透明感ある肌が一層その華奢な体を引き立てている。

 湯気を帯びて幸せそうにとろんとした瞳は、純粋で愛らしく、見る者の庇護欲をかきたてる。


 まさに眼福の光景だな。


「お食事の用意ができております」


 シルヴィアに案内されて席につくと、とたんにリーファの目がキラキラと輝く。


「わぁ……!」


 テーブルにはシルヴィアを筆頭とする屋敷のメイドたちが腕によりをかけて用意した、まるで絵画のように豪華絢爛なご馳走が並べられていた。


 温かい湯気をふわりと立ち上らせ、琥珀色に輝く濃厚な肉のスープ。

 とろけるほど煮込まれた肉と、彩り豊かな根菜がごろごろと入っている。

 その隣には焼き立ての香ばしいパン。

 こんがりと黄金色に焼かれ、ふっくらと膨らんでバスケットに盛られている。


 瑞々しい野菜たちが宝石のように美しく盛り付けられたサラダ。

 青々しいレタス、真っ赤なミニトマト、緑のブロッコリー……恐らくこの世界の植物なのだろうが、俺の世界と同じ野菜に良く似ていた。

 まるで森の恵みをそのまま食卓に持ってきたかのようだ。


「お、おいしそう……」


 そんな食卓を見た途端、リーファの口元からたらーっとヨダレが垂れそうになっていた。

 怯えていることが多いリーファだが、この時ばかりは食欲が勝っているようだ。


 ぐぅ~……!


「はぅぅ……!」


 美味しそうな匂いに刺激されたのか、リーファのお腹が可愛らしい音を立てる。

 リーファが恥ずかしそうに頬を赤らめるが、ミリアはそれを微笑ましそうな笑顔で見守っていた。


「うふふ、さっそくいただきましょう」


 メイドたちも席に着き、手を合わせて「いただきます」を言ってから食べ始める。

 異世界にいるとは思えなくなるような、あまりにも俺の知っている風習で、不思議な感覚だった。


「いただきます」


 スプーンでスープをすくうと、その香ばしい匂いが鼻腔をくすぐる。


「うまい……」


 口に含むと、ヘルシーなのにしっかりとした深い旨味がじんわりと体に染み渡る。


 さすがシルヴィア。

 料理も完璧だな。


「はい、リーファ、熱いから気をつけてね」


 ミリアが大きなスプーンで、温かい肉のスープをリーファの小さな皿に取り分けてやる。

 リーファはまるで宝物でも見るかのようにその皿をじーっと見つめてから、ゴクリと喉を振るわせ、そしてゆっくりとスプーンを口元へ運んだ。


「んん~っ!」


 一口食べるとリーファの顔がぱぁっと明るくなり、目尻にはうっすらと涙さえ浮かぶ。

 その様子にミリアも嬉しそうにくすくす笑っていた。


「美味しいですか?」


「はい……!」


 ミリアが聞くとリーファは大きく頷き、次の瞬間からは一心不乱に食べ始めた。

 まるで飢えた子猫が必死にミルクを飲むように、もぐもぐ、もぐもぐと口を動かす。

 ミリアはそんなリーファの口元についたスープをフキンで優しく拭いてやり、さらにパンを小さくちぎってリーファの皿に置いてあげた。


「ほら、ゆっくり食べてください。たくさんありますから」


「ミリアお姉さま、ありがとうございます!」


「えへへ……ほら、パンもありますよ」


 リーファが感謝の言葉を口にすると、ミリアの顔がデレデレになる。


 ミリアがリーファの周りに次から次へと料理を運び、なんだか餌付けしているみたいになっていたけど、二人とも幸せそうだからまぁ良いか。


 二人の間には早くも姉妹のような絆が芽生えているようだ。


「ん? どうした?」


 食事中、俺の懐からサンダーバードの羽、イナズマがフワリと飛び出した。

 白いミルクのスープが気になるのか、その皿の上でフヨフヨと飛び回る。


「飲みたいのか? ほら」


 試しにミルクスープを少しだけスプーンですくってやると、いつもは隠している目玉でジーっと観察してから、羽の先でそのミルクを吸い始めた。


(なんか、ちょっとリーファに似ているな)


 なんて思いながらスープを与えていると……


 ――ポコッ、ポコッ!


 数秒もしないうちに、イナズマから小さな羽毛が飛び出した。

 小さな羽もミルクを吸ってイナズマと同じサイズに急成長する。

 

「うぉ、増えた!?」


「えぇ!? イナズマさんがいっぱいです!?」


 ミリアが目を輝かせ、増えたイナズマの羽毛を指でつついていた。

 リーファも、その不思議な光景に目を丸くしている。


「増えたというより、成長したのか……?」


 いきなりのことで俺も驚いたが、スキルのおかげか理解できる。

 小さな羽は別の個体ではなく、イナズマの一部のようだ。


 この羽の群れがイナズマという一個体らしい。

 その証拠に、命令をせずとも脳内の思考で数枚の羽を動かすことができた。


「すごいな……これなら、もっと色々なことができる」


 俺は増殖したイナズマを見て、これからの作戦に使える策を練り始めた。



 ◆ ◆ ◆



「すー……すー……」


 ディナーを終えると、リーファはすぐに眠ってしまった。

 これまでの疲労もあるのだろう。


 いつも怯えているリーファだが、今は安心してミリアの胸に顔を預けている。

 子供のようにミリア抱き着いたまま。


「うふふ、幸せそうな寝顔です」


 リーファの寝顔をながめるミリアの方が幸せそうな顔をしている気もするけどな。


「片付けは俺たちがやっとくから、ミリアはリーファを寝かしておいてやってくれ」


「マサト様、ありがとうございます」


「気にするな。お世話になってるのは俺の方だから」


 よく考えたら衣・食・住すべてミリアに頼っているからな。

 これくらいの手伝いはいくらでもするさ。


(……あれ? 俺、もしかしてヒモみたいになってる……?)


「ん……?」


 食器を片付けていると、シルヴィアがいつもよりソワソワしていることに気がついた。

 相変わらず完璧なメイドとしてのクールな表情は崩れていないが、その視線は頻繁に窓の外に向けられている。


「シルヴィア、何かあったのか?」


「ヒビノ様……」


 俺が声をかけると、シルヴィアはわずかに顔を強張らせた。


「実は……買い出しに出かけたメイドがまだ戻っておりません。いつもなら、もう戻ってきていてもおかしくないのですが……」


 シルヴィアの言葉に、なんだか嫌な予感がよぎった。


「最近、ラヴォルス騎士団の素行の悪さが以前にも増して目立っています。街の雰囲気も険悪になっておりますので……心配しすぎかもしれませんが」


「俺が見てくるよ」


「良いのですか?」


「シルヴィアたちにはお世話になってるからな。それに、食後の運動をしたかったところさ」


 この嫌な予感を無視したくない。


「マサト様?」


 騒ぎを聞きつけたミリアが不安げに寄ってきた。

 ミリアは眠っているリーファを抱きかかえている。


「ちょっとメイドさんを迎えに行ってくるだけだよ」


 ミリアが心配そうな顔で俺を見上げている。


「でしたら、私も……」


「いや、ミリアはリーファを見ていてくれ。良く寝てるからな」


「……わかりました」


「大丈夫だ。ちょっと様子を見てくるだけだから」


 俺は笑顔を見せた。

 それに、本当に俺自身の心配はしていない。


 窓の外に目をやると、夜の闇が深く静かに広がっていた。


「じゃあ、いってくる」


「え? マサトさま、そこは窓……」


 屋敷の二階、人目を避けて外出するには好都合な高さだ。

 増幅したイナズマのを試すには絶好の機会でもある。


 俺は窓から外へと飛び出した。

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