第2話「ねえ、見た?駐輪場のやつ」
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### タイトル:私の愛車は、ピンクのママチャリ(子供乗せ)
「みんな辛いんだよ」って言葉、よく聞くよね。まあ、確かにそうなんだろうけど、私の場合はちょっとだけ、辛さの種類が多いかもしれない(笑)。
前人未到…なんて大げさなものじゃない。
昼は現役の女子高生、夜はクラブのお姉さん。そして24時間365日、20歳のシングルマザー。
これが、私の日常。我ながら、肩書きが渋滞しすぎてる。
午前中の授業は、マジで戦い。先生の声がBGMみたいに遠ざかっていって、黒板の文字がゆらゆら揺れて見える。カフェインを流し込んでも言うことを聞かない瞼が、重力に負けて落ちてくるたび、こめかみの奥がズキズキ痛む。昨日の睡眠時間? たぶん3時間くらいかな。夜中まで働いて、朝5時に起きて娘の朝ごはんとお弁当作って、保育園に送ってから学校へダッシュ。そりゃあ、20歳の体力だって底をつく。
隣の席の子が、ふわぁって大きなあくびをしてる。この子にとって、授業中に眠くなるのは「昨日ちょっと夜更かししちゃった」レベルなんだろうな。いいなぁ、なんて思ってる暇はない。私は、違う。この子のために、私が頑張るしかないんだから。ノートを取りながら、心の中で呪文みたいに繰り返す。この勉強は、ひかりの未来のため。この一秒一秒が、あの子への投資なんだ。
昼休み。
教室のキャピキャピした笑い声から逃げるように、いつもの階段の踊り場で一人、お弁当の蓋を開ける。昨日のおかずの残りを詰めただけの、茶色いお弁当。正直、食欲なんてないけど、これはもう「作業」。夜まで、そして明日まで飛び続けるための、燃料補給みたいなもの。
窓の外から、楽しそうな声が聞こえてきた。
「ねぇ、駐輪場のやつ見た?」
「見た見た! マジうける! 絶対誰かのお母さんが間違えて停めたんだって!」
「だよねー! 前後に子供乗せるやつ付いてて、ガチのやつじゃん!」
「持ち主、超恥ずかしいだろうなー」
クスクス笑う声。あ、それ、私のなんですけどね(笑)。
心の中で静かにツッコミを入れながら、無心でご飯をかき込む。いちいち傷ついてたら、身がもたない。鋼のメンタル、ただいま絶賛育成中。
そして放課後。
下校のチャイムは、私にとって第二ラウンド開始のゴングだ。みんなが部活だのカラオケだのに散っていくのを横目に、私は一目散に駐輪場へ向かう。
そこには、異様な光景が広がっていた。
普通の自転車が並ぶ、ごくありふれた高校の駐輪場。そのど真ん中に、鎮座まします我が愛車。
メタリックピンクの電動アシスト付きママチャリ。前後には、もちろんガチのチャイルドシート。その圧倒的な生活感と存在感は、まわりの自転車から浮きまくって、まるで場違いなUFOみたいだ。
「おい、あれだよあれ!」
数人の男子が、遠巻きに指さしてニヤニヤしてる。うん、知ってる。今日の校内のホットトピックでしょ?
その輪の中に、私はまっすぐ進んでいった。
好奇心、からかい、値踏みするような視線が突き刺さる。胃がきゅっと縮むのを感じるけど、もう、どうでもいいや。隠し通せるような生活じゃない。どうせバレるなら、こっちから見せつけてやる。
私は何食わぬ顔で、そのピンクのママチャリの横に立った。
慣れた手つきで電源を入れると、「ピッ」っていう軽快な電子音が、やけに大きく響き渡った。
「え…?」
男子たちの間に、空気が凍る音がした。
私は気にせず、ひょいとサドルにまたがる。カゴから自分のスクールバッグを出して、代わりにスーパーの袋を突っ込む。中身は今夜の夕食の材料と、ひかりの離乳食。主婦の顔も板についてきたもんだ。
「…うわっ」
「マジかよ…あの子のかよ…」
驚きと混乱がその場を支配する。でしょうね! そりゃ驚くよね!
私がペダルに足をかけた瞬間、集団の中にいた茶髪の男子が、こらえきれずに吹き出した。
「うわっ(笑)! かわいい! 誰だよ、あれ! すげー(笑)!」
その声は、バカにしてるっていうより、珍獣でも見つけたみたいな、純粋な驚きに満ちてた。つられて周りも笑い出す。嘲笑じゃない。なんだろう、理解不能なものに対する、一周回って「ウケる」みたいな笑い。
思わず、そっちを振り向いてしまった。
視線の先で、茶髪の男子と目が合う。彼はまだニカッと歯を見せて笑ってる。その悪意のない笑顔に、なんだか毒気を抜かれてしまった。
(…なんなのよ、この学校)
ちょっとだけため息をついて、彼らに背を向ける。
ペダルをぐっと踏み込むと、「ウィーン」という頼もしいモーター音と共に、私の体はぐんと前に進んだ。
残されたみんなのざわめきを背中に浴びながら、私は保育園へとペダルを漕ぐ。
「子供乗せ自転車で登校する、童顔の転校生」。
今日からこれが、学校での私の新しい肩書き。まあ、いっか。隠すよりずっと楽かもしれない。
さあ、ひかりを迎えに行こう。
このフライトが終わったら、夜はまた別のフライトが待っている。
制服を脱いで、ドレスに着替えて。私の戦いは、まだ始まったばかりだ。
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