第2話「ねえ、見た?駐輪場のやつ」



***


### タイトル:私の愛車は、ピンクのママチャリ(子供乗せ)


「みんな辛いんだよ」って言葉、よく聞くよね。まあ、確かにそうなんだろうけど、私の場合はちょっとだけ、辛さの種類が多いかもしれない(笑)。


前人未到…なんて大げさなものじゃない。

昼は現役の女子高生、夜はクラブのお姉さん。そして24時間365日、20歳のシングルマザー。

これが、私の日常。我ながら、肩書きが渋滞しすぎてる。


午前中の授業は、マジで戦い。先生の声がBGMみたいに遠ざかっていって、黒板の文字がゆらゆら揺れて見える。カフェインを流し込んでも言うことを聞かない瞼が、重力に負けて落ちてくるたび、こめかみの奥がズキズキ痛む。昨日の睡眠時間? たぶん3時間くらいかな。夜中まで働いて、朝5時に起きて娘の朝ごはんとお弁当作って、保育園に送ってから学校へダッシュ。そりゃあ、20歳の体力だって底をつく。


隣の席の子が、ふわぁって大きなあくびをしてる。この子にとって、授業中に眠くなるのは「昨日ちょっと夜更かししちゃった」レベルなんだろうな。いいなぁ、なんて思ってる暇はない。私は、違う。この子のために、私が頑張るしかないんだから。ノートを取りながら、心の中で呪文みたいに繰り返す。この勉強は、ひかりの未来のため。この一秒一秒が、あの子への投資なんだ。


昼休み。

教室のキャピキャピした笑い声から逃げるように、いつもの階段の踊り場で一人、お弁当の蓋を開ける。昨日のおかずの残りを詰めただけの、茶色いお弁当。正直、食欲なんてないけど、これはもう「作業」。夜まで、そして明日まで飛び続けるための、燃料補給みたいなもの。


窓の外から、楽しそうな声が聞こえてきた。

「ねぇ、駐輪場のやつ見た?」

「見た見た! マジうける! 絶対誰かのお母さんが間違えて停めたんだって!」

「だよねー! 前後に子供乗せるやつ付いてて、ガチのやつじゃん!」

「持ち主、超恥ずかしいだろうなー」


クスクス笑う声。あ、それ、私のなんですけどね(笑)。

心の中で静かにツッコミを入れながら、無心でご飯をかき込む。いちいち傷ついてたら、身がもたない。鋼のメンタル、ただいま絶賛育成中。


そして放課後。

下校のチャイムは、私にとって第二ラウンド開始のゴングだ。みんなが部活だのカラオケだのに散っていくのを横目に、私は一目散に駐輪場へ向かう。


そこには、異様な光景が広がっていた。

普通の自転車が並ぶ、ごくありふれた高校の駐輪場。そのど真ん中に、鎮座まします我が愛車。

メタリックピンクの電動アシスト付きママチャリ。前後には、もちろんガチのチャイルドシート。その圧倒的な生活感と存在感は、まわりの自転車から浮きまくって、まるで場違いなUFOみたいだ。


「おい、あれだよあれ!」

数人の男子が、遠巻きに指さしてニヤニヤしてる。うん、知ってる。今日の校内のホットトピックでしょ?


その輪の中に、私はまっすぐ進んでいった。

好奇心、からかい、値踏みするような視線が突き刺さる。胃がきゅっと縮むのを感じるけど、もう、どうでもいいや。隠し通せるような生活じゃない。どうせバレるなら、こっちから見せつけてやる。


私は何食わぬ顔で、そのピンクのママチャリの横に立った。

慣れた手つきで電源を入れると、「ピッ」っていう軽快な電子音が、やけに大きく響き渡った。


「え…?」


男子たちの間に、空気が凍る音がした。

私は気にせず、ひょいとサドルにまたがる。カゴから自分のスクールバッグを出して、代わりにスーパーの袋を突っ込む。中身は今夜の夕食の材料と、ひかりの離乳食。主婦の顔も板についてきたもんだ。


「…うわっ」

「マジかよ…あの子のかよ…」


驚きと混乱がその場を支配する。でしょうね! そりゃ驚くよね!


私がペダルに足をかけた瞬間、集団の中にいた茶髪の男子が、こらえきれずに吹き出した。


「うわっ(笑)! かわいい! 誰だよ、あれ! すげー(笑)!」


その声は、バカにしてるっていうより、珍獣でも見つけたみたいな、純粋な驚きに満ちてた。つられて周りも笑い出す。嘲笑じゃない。なんだろう、理解不能なものに対する、一周回って「ウケる」みたいな笑い。


思わず、そっちを振り向いてしまった。

視線の先で、茶髪の男子と目が合う。彼はまだニカッと歯を見せて笑ってる。その悪意のない笑顔に、なんだか毒気を抜かれてしまった。


(…なんなのよ、この学校)


ちょっとだけため息をついて、彼らに背を向ける。

ペダルをぐっと踏み込むと、「ウィーン」という頼もしいモーター音と共に、私の体はぐんと前に進んだ。


残されたみんなのざわめきを背中に浴びながら、私は保育園へとペダルを漕ぐ。

「子供乗せ自転車で登校する、童顔の転校生」。

今日からこれが、学校での私の新しい肩書き。まあ、いっか。隠すよりずっと楽かもしれない。


さあ、ひかりを迎えに行こう。

このフライトが終わったら、夜はまた別のフライトが待っている。

制服を脱いで、ドレスに着替えて。私の戦いは、まだ始まったばかりだ。

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