第12話 子どもが走る家
ずっと、古い墓地の下に建つ
見るからに幽霊屋敷みたいな、借家に住んでいた。
(実際、幽霊が住んでいたけど。)
黒い瓦屋根。
ひび割れた、土壁がむき出しの外壁。
土壁の外壁の北側は、黒緑のまだらのカビと苔に覆われていた。
薄い板戸の勝手口。
2階への階段は、屋外に付いていて
錆びたトタン屋根と、腐って抜けそうな踏み板だった。
登る度に、ギシギシきしんで、
音が鳴らない位置を、何度も模索した。
(夜な夜な、誰かが登る音がしていた。)
そんな借家に住んでいたら
ある日、父親が、住宅の競売物件を購入した。
購入した競売物件は、鉄骨造の1階が店舗、2階が住宅の
白い、とても綺麗な家だった。
でも。
その家に、初めて足を踏み入れた時に、
妙な気配を感じはした。
だけども、
やっと、あの幽霊屋敷から引っ越せるチャンスを逃したくなくて
私は口をつぐんだ。
”気にしない”事にした。
夜逃げした、先住人の家財道具が散乱した室内。
その光景とは真逆の室内の豪華さ。
応接室の天井には、織りが美しい煌びやかな布クロスが貼られ
天井壁には、間接照明。
天井の中央には、ガラス製のシャンデリアがキラめいていた。
皮張りのソファが、セットで置かれて。
大理石の重い卓が、床の絨毯に沈み込んでいた。
台所のテーブル類も、贅沢な品々だった。
それとは不釣り合いに
流し台は、安いアパートで見かけるような
薄いステンレス製シンクの、大量生産品が着いていた。
この家での、女性の立場を象徴するようだった。
来客に見えない部分は、徹底的に単価を落としたのが、
露骨に分かる。
家の中央の廊下の南側が客に見せる仕様。北側が裏方。
はっきりと室内の仕様が分かれていた。
風呂は、安い小さなプラの浴槽。追い炊きボイラーが外付け。
(外からしか風呂が沸かせないタイプ)
洗面台も、小さい最低価格帯の仕様。
洗濯機は古い二層式。
豪華絢爛な応接室と裏方の、ギャップに驚いた。
そんな事はさておいて
自分達が、その物件に住む為に
希望を持って、室内を片付けしていった。
片付け途中
何度も、嫌な気配を感じた。
ラップ音も凄かった。
夕方になると、西側の和室の扉に
子どもの影が写った。
どこからも、その扉には日が刺さないのに。
その白い家の片付けと掃除は、2ケ月位かかった。
やっと、引っ越せるようになり、
本格的に引っ越す前に、
嬉しくて、家族で泊まった。
夕食を作り、家族そろって、
明るい台所で食事した。
でも。しょっちゅう、台所の天井の蛍光灯が
点滅したり、消えたりする。
ラップ音がする。
(驚いた事に、耳をつんざく程のラップ音を聞いていたのは
私と、母と、兄だけだった。)
”気にしない”で、お風呂に入り
(風呂の湯沸かしに、屋外のボイラーを点けようとしたら
誰かに、何度も邪魔された。点けても点けても、消された。)
そのまま家族で就寝した。
私と妹が、西側の和室。
両親が廊下の南側の和室。
兄が応接室。
夜、眠っていたら、小学校低学年位の男の子が、壁際に座っていた。
こっちを、じっと覗き込んで。
『僕の家で何してるの?』
って感じに。
その子の顔には、顔の半分に薄い痣があって、
左右の顔が非対称だった。
左右の目の位置が違っていた。
頭の形もゆがんでいて、青白い顔色で
いかにも”幽霊”な風情。
でも、明らかに、幽霊とは違う
”生きている”気配がした。
翌朝、起きてすぐに、
「男の子を見た。」
と、母に告げた。
「やっぱり。」
そう言った母の首は、酷い寝違いをしていて
首から背中にかけて、ゴチゴチになって動かなくなっていた。
あろうことか、この母。
「ちょっと、今度はこっちの部屋に寝てみて。私達は
元の家で寝るから。」
そう言って、その日から、数日、まだ小学校高学年の私を、
妹と2人で、その家に寝泊まりさせたのだ。
(放置子に慣れた親って、こんなもんなのかもしれない。)
南側の和室の、ガラスの引き戸の向こう側は廊下なのだが
毎夜、その男の子が、奇声をあげながら
足音荒く、走り回った。
ガラスの引き戸を開けたら、男の子にご対面できただろう。
しなかったけど。
応接室では、静かに眠れた。
何の邪魔もされずに、眠る事が出来た。
台所は、食器棚はカタカタ鳴るし。
ラップ音は酷いし。
蛍光灯は、電灯の土台ごと交換して、配線を新しくしても
点滅したり、消えたり点いたり。
閉めたはずの蛇口から、いつの間にか水が出ていて
学校から帰った時に、流し台が水浸しになっていて
事情を説明しても、親が信じてくれず
しこたま怒られた。
その水道出っ放し事件は頻発した。
でも、結果として
水道の件が決め手となった。
私が登校した後で、母が蛇口が閉まっているかを確認しに来て
元栓まで閉めていたのだ。
だが、私が下校したら、蛇口から水がほとばしり出ていた。
えぐい水道代が、後押しした。
母が、白い家の元住人について
周囲の家に聞いて回って来ていた。
やはり、その家には、小さな男の子が、住んでいた。
生まれた時のトラブルで、障害が残り、学校に通えていなかったそうだ。
家から出してもらえないまま、近所の住人は、西側の子供部屋の窓から
外を眺める男の子を、時々見かけるだけだったそうだ。
そのうち、母親が男の子を残して失踪した。
父親が荒れて、男の子の泣き声がよく聞こえていたとも。
父親が事業に失敗し、夜逃げした。
男の子は、親戚の誰かが引き取ったとか。
男の子は、生きている。
でも、この家に、男の子は、自分の分身を残して行った。
本人に自覚が無いままに。
”生霊”を残して行ったのだ。
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両親は、白い家を手放した。
白い綺麗な家には、直ぐに新しい家族が入居した。
半年後、その家の小学生の子供が
難病にかかり、何度も手術を受けた後に、亡くなった。
翌年、今度は父親が、精神的に病んで
体調を崩して、入退院を繰り返し
結局、亡くなった。
残った母親は、家を売って、実家に戻ったそうだ。
今、その場所は更地になって、資材置き場になっている。
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その白い家に住み始めた家族に、
男の子が最初に手術を受けた後だったが、
私の母が、心配になって、
「あの家には良くない何かがいるかもしれない」
そう、母親に伝えに行った。
でも、信じてもらえなかったという。
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