第3話
一体、ここに閉じ込められてからどれくらいの時間が経ったんだろう。時間を確認する手段がないから余計に長く感じる。このまま元の世界に帰れなくなってしまうんじゃないかって、不安ばかりが募ってくる。
「はぁ……居住エリア、ね。一体どうやって?」
植物一つ生えていないこんな無人島に、一体誰がこんなところに住みたいと思うんだろうか。
『サブスペースを開いて設定してください』
(そういえば、クリア報酬で何かスキルを貰ったような……サブスペース、って書いてあったな)
適性とスキルツリーを閉じて、新しく追加されたサブスペースの画面が現れた。
『新しく建築する/既存住居を配置する』と、二つの選択肢が表示された。
建築なんて知識のない私にできるはずもない。もっとも、今はそんな悠長なことをしている場合じゃないんだ。
(とにかく早く終わらせたい!)
「配置に一択だ!」
『既存住宅』をタップした瞬間、背後から「ドーン!」という地響きのような轟音が鳴り響き、突如吹いた強風で髪が激しく乱れた。何事かと驚いて振り返ると——
「はあぁ……?! な、なんだこれ……!」
そこに現れたのは、見慣れた自分の家だった。
まさか、自分が住んでいるマンションの一室が、こんな無人島に丸ごと現れるなんて、想像もしていなかった。顔からサーッと血の気が引いていくのがわかった。
『ミッションクリア』
「ミッションクリア、じゃないよ!賃貸だぞ!」
大家さんが見たら卒倒するよ!
(どうしよう、もう大騒ぎになってるかもしれない!)
『クリア報酬:特殊収納スキル・インベントリを習得した』
ピロン。
『サブスペースが復旧完了した。詳細を確認できるようになった』
「あれ?もしかして、これで…家に帰れる?」
家のほうが来てくれたんだから。
『ミッション3:植物を植えよう』
画面には新しいミッションが表示されているけれど、今はそんなものを見ている余裕がない。
いつものように玄関から入ろうとしたら、ドアがない。慌てて裏に回ってみると、フェンスがなくなっているベランダから、家の中へ入れるようになっていた。
「……ただいま」
自分の家なのに、なぜか泥棒にでもなったような緊張感がある。
玄関には、外からは見えなかったドアがちゃんとある。恐る恐るドアを開けて外を見ると、そこにはいつものマンションの廊下だった。
「……大丈夫、みたい?」
廊下から壁や天井を見回し、自分の部屋だけがぽっかりと無くなっているわけではないことを確認して、少し安心した。そして、確かめるように早足で部屋に戻り、再びベランダへ向かった。
「はい、こっちは無人島だ」
自分の目でしっかりと見ているはずなのに、この状況が全く理解できなくて、頭の中がぐちゃぐちゃになる。
テレビは点く。水もガスも出る。電波も届いている。家の中は特に変化がない。唯一の問題は、ベランダから無人島に直行することだけだ。
(何か、とんでもないことをしてしまったような気がする……いや、ちょっと待てよ? 私が何かした覚えなんて一つもないのに)
ーーーぐううう
お腹が大きく鳴って、空腹を知らせてきた。時計を見れば、もうすぐお昼になろうとしている。
「……とりあえず、何か食べに行こう」
そう呟いて、慌てて着替え、財布を握りしめて家を出た。
『急がなくても、コンビニは逃げない』なんて呑気な考えは危ない。今日に限っては逃げるかもしれない。今のうちに、この無人島からコンビニへ直行するんだ。
念のため、自分の部屋がどうなっているか、マンションの外を一周ぐるりと回って確認してみることにした。
(ベランダは、ある!)
無人島への出入り口になってしまったベランダは、外から見ると、他の部屋と変わらない普通のベランダに見えた。そのことに、心底ホッとした。
コンビニで昼食と夕食のお弁当と、何かもう一品惣菜を買ってマンションの前に戻ってきた。自分の部屋のドアの前で鍵を握ったまま、なぜか足が止まってしまう。
(帰るだけなのに、なんでこんなに緊張するんだ!)
鍵を持つ指が微かに震えている。
鍵を回してドアを開け、「……ただいま」と小声で言いながら、廊下からそっと部屋の中にすーっと滑り込んだ。
ローテーブルの上には存在感を放つ謎の植物。ベランダの外は、住宅地ではあり得ない海の風景。
「……やっぱり、そうだよね」
もしかしたら、家に帰ったら全てが夢だったみたいに戻っているんじゃないかって、心のどこかで少しだけ期待していたのかもしれない。
(現実から目を逸らしちゃだめだね……これが現実かどうかは分からないけど)
「ふぅ……、まずはご飯にしよう」
買ってきたお弁当を開け、いつものようにテレビのリモコンを手に取った。温かい食べ物を口にしているうちに、張り詰めていた気持ちが少しずつ緩んでいくのを感じた。
ミッション画面は相変わらず目の端にチカチカと点滅している。
家に帰ってこられたから無視してもいい、と言いたいところだけど、ベランダから見える風景は明らかに異常だ。
もう、いつもの日常は終わってしまったんだ。元に戻る方法も分からない。だからこのチュートリアルとやらに従うしかないんだ。
「……分かったよ。次は何をすればいいの?」
ログを読み返す。
(インベントリとサブスペースの状態確認、そして新しいミッション、か)
「インベントリは後回しにして、先にサブスペースの詳細を見せて」
サブスペース
———————————————————
成長率【0%】 自然【<1%】
季節 【ー】 天気【曇り】
屋内 2LDK
屋外 ーー
———————————————————
「この島がサブスペースなんだ。なんというか…貧弱だな」
成長率が0%ということは、これから成長する可能性もあるってことだろう。
「んー……特に押せそうなボタンはないな。まだ無理か」
少ない情報しかない画面をじっと見つめ、住居エリアをどうにかしようとしたけれど、何も分からなかった。
「ミッションの画面は……これか。次は……植物を増やす、と。種も苗も持っていない……あっ、そういえばレモンなら!」
レモネードを作ろうと思って買っておいたレモンが冷蔵庫にあったのを思い出した。
種を取り出すためにレモンを丁寧に手で絞ってジュースにする。綺麗になった種を丁寧に水洗いして殺風景な地面にそっと植えた。島の周りの水が海水かどうか分からないから、念のため魔法の力で水をやっておいた。
「これでいいかな」
『ミッションクリア』
『クリア報酬:特殊食品専用収納スキル・パントリーを習得した』
ピンポーン、ピンポーン。
玄関のインターホンが鳴ったような気がした。
「は、はーい!」と返事をした時に、ミッション画面が『ミッション4:食品を保存しよう』に変わった。
「宅急便です」という声に、印鑑を持って慌てて玄関へ向かった。
「あっ!」と声を上げ、玄関のドアの直前で立ち止まる。
数歩後ずさり、念のため廊下のドアを閉めた。玄関からは部屋の中は見えないかもしれないけれど、用心に越したことはない。
「ありがとうございました」
大きい荷物が届いた。兄からだ。スマホを確認したら兄からのメッセージが届いていた。
【良さそうな寝具を見つけた。眠れない時は使いなさい。返品返金はできないから、諦めろ】
よく見ると、荷物の箱には有名な寝具メーカーのロゴが印字されている。
「ひえっ!これ、結構いいやつじゃないか!」
念のため箱の中を探してみたけれど、案の定、明細書や領収書は見当たらない。兄の絶対に返品させないという強い意志を感じて、思わず苦笑してしまう。
(ありがたいけど、私にはまだ早すぎる気がするな……)
「もー……凪紗ったら、お兄ちゃんにチクるのが早いんだから!」
親友の凪紗がこっそり兄に私のことを話しているのは前から知っていた。お兄ちゃんが安心するなら、まあいいかと思っていたんだけど。寝不足を解消した途端、無人島問題が発生したから凪紗に連絡するタイミングを失った。
(いや、今朝連絡しても間に合わないくらい早いな)
どう返信しようか少し迷ったけれど、変に強がると余計心配かけちゃうだろうし、素直に感謝を伝えるのが一番だよね。
【ありがとう、お兄ちゃん、助かる!】
お兄ちゃんの気持ちを思うと、ちょっと照れくさいけれど、やっぱり嬉しいな。早速、段ボールから新しい毛布を取り出して、ソファに寝転がってみた。
「あ〜〜、ふかふかで気持ちいい」
あまりの心地よさに、うっかり眠りに落ちそうになる。
(この毛布でぐっすり眠れるなら、頑張れそうな気がする……あれ?今、目を開けている……?)
「……ハッ! まぶた、閉じてる!」
慌てて毛布を跳ねのけた。
「あぶない、あぶない!」
ベランダが無人島と繋がっている問題は、まだ解決策が見つからないまま。ここでうっかり寝てしまったら、本当に一日が終わってしまう。両頬をパンパンと軽く叩いて自分に気合を入れた。
「よし、ミッションやるぞ!」
何気なくベランダの方に目をやると、思わず口元が引きつった。
「最近の植物って、一体どうなってるの……?!」
昨日植えたばかりのレモンの木が、もう私よりもずっと背が高くなっている。
「……まあ、これからレモンを買わなくてもレモネードを作れそうだね」
サブスペース
———————————————————
成長率 【0%】 自然【<1%】
季節 【ー】 天気【曇り】 ———————————————————
屋内 2LDK
屋外 レモン【E】 ———————————————————
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