第3話「市場への第一歩~作物の価値」

 初めての収穫は、クラヴィス領の農民たちに希望をもたらしたが、それだけでは生活の安定には程遠い。エレオノーラは次なる一手として、収穫物を近隣の都市で販売し、経済的な基盤を築くことを計画した。


「ただ売るだけではダメです。私たちの作物の価値を、買い手に正しく理解してもらう必要があります」


 エレオノーラは、収穫された小麦の中から特に品質の良いものを選び出し、それを「クラヴィス産プレミアム小麦」として売り出す戦略を立てた。前世の知識を活かし、脱穀や選別の方法を指導し、品質管理を徹底した。


 準備を整え、エレオノーラはルカと数人の農民、そして護衛を兼ねたイザベルと共に、最も近い商業都市「ソレイユ」へと向かった。ソレイユの市場は活気に満ちていたが、同時に競争も激しい。名もない辺境の領地からの作物が、簡単に受け入れられるとは思えなかった。


 案の定、市場の商人たちは「クラヴィス領? 聞いたこともないな」と鼻であしらうばかり。しかし、エレオノーラは怯まなかった。彼女は持参した小麦粉で小さなパンを焼き、その場で試食会を始めたのだ。


「皆様、どうぞお試しください! これはクラヴィス領で愛情込めて育てられた、風味豊かな小麦で作ったパンです!」


 最初は遠巻きに見ていた人々も、パンの香ばしい匂いに誘われて一人、また一人と集まってきた。一口食べた彼らの表情が、驚きに変わる。


「こ、これは……美味い! 香りが全然違う!」

「こんな小麦、初めてだ……」


 エレオノーラの狙い通り、品質の高さが人々の心を掴んだ。そこに、一人の恰幅の良い商人が近づいてきた。名をバルトというその男は、ソレイユでも名の知れたやり手商人だった。


「お嬢さん、面白いことを考えるね。その小麦、いくらで卸してくれるんだい?」


 バルトはエレオノーラの商才に目敏く気づき、強い興味を示した。エレオノーラは、ふっかけられることなく、しかし安売りもしない絶妙な価格を提示した。交渉の結果、バルトは「クラヴィス産プレミアム小麦」を独占的に扱うことを約束し、エレオノーラにとって初めての安定した取引先となった。さらにバルトは、クラヴィス領の他の作物にも興味を示し、将来的な交易ルートの拡大も示唆した。


 順調な滑り出しに思えたが、エレオノーラの成功を快く思わない者たちもいた。王都では、聖女セシリアがエレオノーラの動向を苦々しく監視していたのだ。


「エレオノーラめ、追放されたというのに、まだ大人しくしていないのね……」


 セシリアは、子飼いの貴族を使い、ソレイユの市場に「クラヴィス産の作物は呪われている」「食べると病気になる」といった悪質な噂を流させた。その噂は瞬く間に広がり、人々はクラヴィス産の小麦を避けるようになった。バルトからの注文も一時的に止まってしまう。


「エレオノーラ様、どうしましょう……」


 ルカが不安げに尋ねる。しかし、エレオノーラは冷静だった。


「噂には、事実で対抗するしかありません。もう一度、私たちの作物の安全性を証明しましょう」


 エレオノーラは、バルトの協力を得て、ソレイユの広場で大規模な試食会と即売会を企画した。今度はパンだけでなく、豆を使ったスープやサラダも用意し、さらに農作業の様子を描いた絵(イザベルが描いた)を展示して、クリーンな生産過程をアピールした。


「クラヴィス領の作物は、清らかな水と豊かな土壌、そして私たちの愛情によって育まれています! どうぞ、安心してお召し上がりください!」


 エレオノーラの誠実な訴えと、実際に美味しい作物の力は絶大だった。噂を信じていた人々も、実際に食べてみて安全と美味しさを再認識し、悪質なデマは自然と消滅していった。むしろ、この騒動によって「クラヴィス産」の名はさらに広まり、以前にも増して注文が舞い込むようになったのだ。


「してやられたな、セシリア。これがあなたの最初の妨害。そして、これが私からの最初の小さな『ざまぁ』よ」


 エレオノーラは心の中で呟いた。


 得られた売上金は、領地のさらなる発展のために使われた。エレオノーラはまず、簡易的な灌漑システムの導入に着手した。川から水を引くための水路を整備し、人力で水を汲み上げるための簡単な装置を考案した。これにより、天候に左右されにくい安定した農業生産が可能になり、作物の種類も増やせる見込みが立った。


 市場への第一歩は、セシリアからの妨害という試練に見舞われたものの、エレオノーラの知恵と行動力、そして何よりも作物の品質がそれを打ち破った。クラヴィス領は、経済的な自立への道を確かに歩み始めていた。そして、それは同時に、エレオノーラの復讐計画の伏線が、着実に張られていく過程でもあった。

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