追放悪役令嬢は農学知識でざまぁします!~荒れ地を開墾したら、最強農園国家できちゃいました~
藤宮かすみ
第1話「断罪の夜と新たな芽生え」
ルクセリオ王国の王宮、その煌びやかな大広間は、今、異様な緊張感に包まれていた。シャンデリアの無数の光が、床に落ちたワインの染みのように、エレオノーラ・クラヴィス公爵令嬢の心に暗い影を落としていた。
「エレオノーラ・クラヴィス!貴様との婚約を破棄する!」
声の主は、エレオノーラの婚約者である第二王子ヴィンセント。その金色の髪は怒りで逆立ち、美しい青い瞳は憎悪の色を浮かべていた。彼の隣には、か弱げに寄り添う乙女ゲーム「星の乙女」のヒロイン、セシリア・ローレルの姿があった。セシリアは、聖女として民衆から崇められる存在。その潤んだ瞳が、ヴィンセントの庇護欲を掻き立てているのは明らかだった。
「ヴィンセント様、何を仰って……?」
エレオノーラの声は震えた。この状況が、ゲームの断罪イベントそのものであることを、彼女はまだ知らない。ただ、胸を締め付けるような予感だけがあった。
「白々しい!貴様が聖女セシリアに行った数々の嫌がらせ、もはや看過できぬ!」
ヴィンセントの言葉に合わせるように、彼を取り巻く貴族たちが次々とエレオノーラを糾弾し始めた。偽りの証言、捏造された証拠。それらはすべて、エレオノーラを貶めるために用意周到に準備されたものだった。
「わたくしは、そのようなことは……」
抗弁しようとしたエレオノーラの言葉は、セシリアのか細い嗚咽にかき消された。
「エレオノーラ様……もうおやめください。わたくしは、これ以上何も望みませんわ……」
その芝居がかった姿に、エレオノーラは腸が煮え繰り返る思いだったが、周囲の同情は完全にセシリアに集まっていた。エレオノーラは完全に孤立していた。もともと傲慢で嫉妬深いと噂されていた彼女の言葉を、信じる者など誰もいなかった。
「エレオノーラ・クラヴィス。貴様には、聖女セシリアへの危害、並びに王家への不敬の罪により、我がクラヴィス公爵領への追放を命じる!今後、王都への出入りは一切禁ずる!」
ヴィンセントの最終宣告が下される。追放――それは貴族にとって死刑に等しい屈辱。クラヴィス公爵領は、かつては豊かだったが、父亡き後、叔父の悪政により見る影もなく荒れ果てていると聞く。
エレオノーラは、膝から崩れ落ちそうになるのを必死でこらえた。悔しさと絶望が全身を打ちのめす。その瞬間、彼女の頭の中に、まるで奔流のように、膨大な記憶が流れ込んできた。
(……これは何? 私は……農学部……? そうだ、私は日本の農学部生だった……。トラクターの事故で……そして、この世界にエレオノーラとして転生した……?)
前世の記憶。それは、現代日本の大学で農業を学んでいた、もう一人の自分の人生だった。土壌学、栽培学、育種学、農業経営学……膨大な知識が、今のエレオノーラの絶望に一筋の光を灯す。
(そうだわ……農業……。この知識があれば、あの荒れ果てた領地でも……!)
エレオノーラの瞳に、先ほどまでの絶望とは違う、強い光が宿った。彼女はゆっくりと顔を上げ、ヴィンセントとセシリア、そして自分を嘲笑う貴族たちを毅然と見据えた。
「……謹んで、その決定、お受けいたしますわ」
その落ち着き払った態度に、ヴィンセントは一瞬眉をひそめたが、すぐに嘲りの笑みを浮かべた。
「せいぜい、荒れ地で土に塗れて暮らすがいい!」
夜会の喧騒を背に、エレオノーラはたった一人の侍女、イザベルを伴って王宮を後にした。イザベルは、幼い頃からエレオノーラに仕えてきたが、その瞳には怯えとわずかな不信の色が浮かんでいた。それも無理はない。今までのエレオノーラの行いを考えれば。
王都からクラヴィス領へ向かう馬車の中、エレオノーラは前世の知識を整理し、これからの計画を練っていた。道中、窓から見える農村は貧しく、土地は痩せているように見えた。農民たちの顔には生気がなく、その光景がエレオノーラの胸を締め付けた。
(この世界の農業技術は、あまりにも遅れている……。でも、だからこそ、私の知識が活かせるはず)
かつて、ゲームの悪役令嬢として破滅する運命だったエレオノーラ。しかし、前世の記憶という名の種は、彼女の中に新たな可能性の芽を芽吹かせていた。これは破滅ではない。新たな人生の始まりなのだと。
(見ていなさい、ヴィンセント、セシリア……そして私を陥れた者たち。私は必ず、この逆境を乗り越え、あなた方に見事な「ざまぁ」の花を咲かせてみせるわ!)
エレオノーラの胸には、悔しさとともに、ふつふつとした使命感が湧き上がっていた。農業という武器を手に、彼女の復讐と再起の物語が、今、幕を開けようとしていた。
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