4-3 打擲を奏でるストラグラーデンティスト

「あの、話聞いてた?」

 そ~一郎さんは、ちょっと白けたような表情で僕を見る。

「だって、僕が、もうお笑いもモノマネもやらないって言っだじゃん」


「ア・カペラはやらないとは聞いてません」

 そ~一郎さんはため息をく。

「同じことだ。人前に立って、芸を披露することはもうやらないって話だって」

 ちょっとイライラしているようにも見える。


 でも、僕は引き下がらない。諦めの悪さは一級品だ。

「じゃあ、何で、僕のボイスパーカッションにアドバイスしてくれたんですか? 本当に関わりたくなかったら、アドバイスなんかせずに素通りしてたはず」

「それは……」

 一瞬、彼は口ごもる。「あまりにも君のボイパが、未熟だったからさ」

「でも、僕の本職はボイパじゃなくてコーラスです。だから、ボイパ募集って書いてあるんだから、分かりますでしょ? ボイパは普通グループに一人しかいませんし」

 そ~一郎さんの表情が引きつる。


「勝手なこと言いますけど、本当は、ボイパとして再起することを、心のどこかで望んでたんじゃないですか? あなたは芸人として未練はないと言いましたけど、本当は未練たらたらなんじゃないですか?」


「おい、こら!」

 たしなめたのは小原くんだ。芸人を志し、同じスクールの憧れの先輩に対して、僕があまりにも失礼な言い方だから、看過できなかったのだろう。


 でも、僕は小原くんの制止を振り切って、なお言う。

「たぶん、これからもずっと未練を引きずると思いますよ。大学院ってどれくらい忙しいか分かりませんけど、院を修了して毎日患者さんを診るようになったら、きっとチャンスはもっとなくなる。だったら今、もう一度花開かせましょうよ。同じ後悔をするなら、チャレンジして後悔したほうがマシですよ!」


 フッ、とそ~一郎さんは笑った。何言ってるんだ、小僧、とでも思っているのだろうか。


「何か、昔の僕を見てるようだった。親の言いなりで、歯学部に入ったけど、モノマネやヒューマンビートボックスの才能があるって分かって、こっそりと小遣いとバイトのお金でスクール通って、モノマネ番組で優勝して。あのときは飛ぶ鳥を落とす勢いだったし、何者にでもなれるような気がしていた。結局は、何者にもなれなかったけど、思えば、あのときが人生でいちばん充実してたのかもしれない」


 どこか遠くを見るような目で、そ~一郎さんは言った。

 そして、静かに僕の方を向き直した。


「君が、そこまで言うなら、もう一度、花開いてやろうか? 聞いたところ、君のボイパがボロボロなこと以外は、まあまあのレベルとみえる」


「グサッ!」僕は効果音つきでショックを表現した。


「あの~」しばらく黙っていた響歌ちゃんが、口を開いた。「恩地は、あ、この人のことですけど、本気で『ア・カペラ・インカレ』で全国の頂点目指したいらしいんですよ。まだ、人を集めたばっかで、これからっていう段階です。レパートリーも、さっき披露した一曲しかないですし、そ~一郎さんからすれば、何と言うかその、イライラさせちゃうレベルかもしれないし、大学院の忙しい中、時間を作ってもらって、アタシらに付き合うって感じになっちゃいますけど」


 響歌ちゃんにしては、消極的な発言だ。

「僕に遠慮してるっていうのか? 確かに僕は29歳でずっと年食ってるけど、だからといって、別に人生、窮地に立たされてるわけでも、後がないわけでもない。それに、言ってなかったけど、まだ俺は大学院1年。博士課程ってのは4年ある。研究とか医局の雑務はあるけど、時間が作れないわけじゃない」

 さっきとはうってかわって、急に前向きな反応になった。


「やっぱ、やる気満々じゃないですか?」

 思わず僕は、小原くんのお株を奪うようにツッコんだ。

「どの口が言う。君がその気にさせたんだろ?」


 へへへ、と僕は笑う。


「言っとくけど、俺はやるときはとことんやるし、優勝とやらを狙うんだったら、全力でやる。もう、中途半端な人生ってのは嫌だし、夢を諦めたままの人生ってのも嫌なんだ。だから、恩地って言ったな? 厳しくいくぞ! 芸能界の世界は甘くないんだからな」


「あの、俺ら、芸能界狙ってるわけやないっすよ」と、小原くんがブレーキをかける。

「言葉の綾だ。せっかく乗ってきたとこなのに、微妙なツッコミで水差すなって。だから、兄貴に置いてかれるんだよ!」

「グサッ!」今度は小原くんが、効果音つきのショックを受けた。


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 かくして、これで5人集まった。

 僕らは、新たに加わったそ~一郎さんのためにも、改めて自己紹介をすることにした。

 

 リード・ボーカル:音楽学部2年  いのり 美音みおん

  20歳 身長150 cm B型 牡羊座

  鹿児島県大島郡おおしまぐん瀬戸内町せとうちちょう出身 

  好きなもの:馬刺し、黒糖焼酎

  好きな⚾️チーム:福岡ソフトバンクホークス


 コーラス1:工学部1年  恩地おんち 律也りつや

  18歳 身長161 cm AB型 水瓶座

  大阪府藤井寺市ふじいでらし生まれ

  千葉県千葉市稲毛区いなげく育ち(ただし、中学の途中で藤井寺市に戻る)

  好きなもの:味噌煮込みうどん

  好きな⚾️チーム:中日ドラゴンズ


 コーラス2:商学部1年  弦切つるぎり 響歌きょうか

  18歳 身長172 cm O型 さそり

  神奈川県横浜市青葉区あおばく出身

  好きなもの:クリームブリュレ

  好きな⚾️チーム:詳しくはないが、強いて言うならロサンゼルスドジャース


 ベース:農学部1年  小原おはら 和楽わらく

  19歳 身長194 cm 血液型不明 牡牛座

  奈良県北葛城郡きたかつらぎぐん河合町かわいちょう出身

  好きなもの:ビーフステーキ(ウェルダン)

  好きな⚾️チーム:阪神タイガース一択!

  (大阪在住歴のある恩地とそ~一郎さんを、阪神ファンに鞍替えさせたいと思っている)


 ボイスパーカッション:歯学研究科大学院1年  金原きんぱら 奏一郎そういちろう

  29歳 身長182 cm A型 獅子座

  静岡県浜松市はままつし中央区ちゅうおうく出身

  好きなもの:わかめスープ

  好きな⚾️チーム:読売ジャイアンツ

 

「共通点がまったくねぇ!」響歌ちゃんは豪快に笑った。

「出身地も血液型も身長も星座も好きなもの好きな野球チームも見事に違うな」と、そ~一郎さん。


 そんなことより、「小原くん、出身、大阪じゃなかったの?」と、僕は気になったことを言った。

「俺がいつ、大阪出身うた?」

「ひどいなぁ、せっかく唯一の共通点があると思ったのに!!」

「気持ち悪いな!? 別にバラバラでええし、どーでもええやろ?」

「しかも、そ~一郎さん、182 cmって等差数列じゃねー!」

「それもどーでもええねん! ってか、何で大阪生まれ千葉育ちなのに中日ファンやねん!」

「だって、マスコットキャラクターのドア○が可愛いじゃん!」

「そこかよ!」

「あとさ、小原くんの血液型不明ってカッチョええ!! プロ野球名鑑で見る助っ人外国人みたいで!」

「俺は、健康体で入院したことないだけや!」

「でも、体格は助っ人外国人みたいだけど」

「だからちゃうし!」

 僕と小原くんは、また勝手に漫才を始める。


「しかし、祷さん、奄美大島ってすごいな。どうりで歌い方が独特だと思った」

「正確には加計呂麻島だけどね。大島からさらに南に進んだ小さな島だよ」

 祷さんは、年上のそ~一郎さんにもタメ口で、距離感を縮めている。


 いろいろあったが、何はともあれ5人集まって、いよいよグループらしくなってきた。練習にも精が出るが、本番エントリーまでのスケジュール、曲の決定、グループ名の決定、エントリー方法の確認とか、何気にやることは多そうだ。


「でも、恩地。君がいちばん遅れを取ってるんだから頑張れよ!」

「まかせて! 響歌ちゃんにも負けない最強のコーラス、披露します」僕は、そ~一郎さんの激励に、右手で拳を作って、自分の胸にバシッと叩いて応えた。

「お前のその意気込みと自信はどこから?」半ば呆れたような顔で小原くんは聞いてくる。

「僕は頭から」

「風邪薬のCMかよ!」

 小原くんのツッコミもキレを増している。たぶん、ツッコミのキレが良ければ、ア・カペラのキレも増すはず、知らんけど。


「じゃあ、明日の夕方6時、カラオケの『ビックリまねきねこ』集合ね」

 カラオケ予約担当は、すっかり響歌ちゃんになっている。

「ラジャー!」

 僕は大げさに敬礼なんかして応えてみせた。

「本当、恩地くんって面白い子だね」

 くすくすと祷さんは笑っている。芸術キャンパスで最初に会ったときと比べて明らかに表情が晴れやかになっている。

 いや、祷さんだけじゃない。小原くんも響歌ちゃんも、最近楽しそうだ。手前味噌てまえみそな話だけど、僕が誘ったことで、ターニング・ポイントの兆しになっているのではないかと思う。そしてきっと、そ~一郎さんも。


 でも、ターニング・ポイントを迎えているのは、僕も一緒だった。親からの束縛から、物理的にも精神的にも解放された。もちろん、学費の支払いとか仕送りとかしてもらっている身だから、まだまだ依存しているわけだけど、大学生なんだからということで、ある程度好きなことはさせてもらう。

 その好きなこと、言い換えれば僕の夢の第一歩を踏み出そうとしている。こんな素敵なメンバーが集まったのだから、絶対やり遂げてみせる。


 ア・カペラ活動は、スタートラインに立ったばかりだけど、ターニング・ポイントの兆しの向こう側に、明るい光が見えたような気がした。


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