第22話「触れた心、重なる声」

 かるた部の部室に、穏やかな春の風が差し込んでいた。今日は対外試合も大会もない、ただの平日。しかし、部員たちの表情には、どこかいつもとは違う高揚感があった。


「ねえねえ、これ見て! 新しい坊主めくり札、京子先生が買ってきてくれたんだって!」


 実結が興奮気味に机の上に札を広げる。鮮やかな色彩、少しコミカルにデフォルメされた百人一首のキャラクターたち。部室にいた部員たちが一斉に集まり、自然と輪ができる。


「うわぁ、なんだか可愛いですね……! これなら、初心者の人も楽しめそう」


 心菜もその輪の中に加わって、札を一枚手に取る。手に触れた紙の感触に、どこか懐かしさを感じた。子どもの頃、かるた教室のあとに遊んだ坊主めくり。その記憶がふっと蘇る。


「じゃあ、やってみようよ! 心菜、愛花、どう?」


 実結の提案に、愛花がすぐに手を挙げる。


「もちろん! 運だけの勝負なら、私にも勝てるかも?」


「ふふ、それもまた楽しみね」


 三人の対決が始まると、部室には笑い声が満ちた。坊主を引いて悲鳴を上げる実結、連続で姫を引いて得意げな愛花、そして地味に札を集める心菜。それぞれの表情が、生き生きと輝いていた。


 そして――。


「……うん。こういうの、好きだな」


 心菜はふと、誰に言うでもなくつぶやいた。


 札をめくるという、たったそれだけの行為に、心が動く。勝ち負けだけではない、かるたの楽しさ。誰かと一緒に笑って、一緒に悔しがって、一緒に札を重ねていく。それが、きっと大切なんだと思った。


 坊主めくりが終わると、自然と手は本気の札に伸びていた。


「じゃあ、次は本気の一戦、やっちゃう?」


 愛花が笑う。心菜も、同じように笑い返す。


 たとえ運が全ての勝負でも、努力が実を結ぶ勝負でも――彼女たちは、札を通じて、確かに心を重ねていた。



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