第15話「君と向き合うということ」
午後の陽射しが差し込む部室。静かな空気が流れていた。
部活が始まる時間になっても、愛花の姿はなかった。
「……今日は、来ないのかな」
ぽつりと心菜が呟く。昨日の練習での出来事が、まだ胸に残っていた。愛花にかけた言葉が、彼女を追い詰めてしまったのではないか。心菜の顔に陰りが差す。
「心菜、大丈夫?」
声をかけたのは、幼なじみの実結だった。彼女の明るさが、今はやけに心にしみる。
「うん、大丈夫。でも……昨日、ちょっと、言いすぎたかもしれない」
心菜はそう言って、窓の外を見た。
──本当は、もっと優しく言いたかった。
でも、あの時は、どうしても言わなきゃって思った。かるたの厳しさを、そして本気になることの意味を、知ってほしくて。
そんな迷いの中、部室の扉がゆっくり開いた。
「……ごめん、遅くなった!」
息を弾ませて入ってきたのは、愛花だった。
「愛花……!」
心菜は立ち上がる。その瞬間、愛花が頭を下げた。
「昨日のこと、ちゃんと考えた。私、甘えてたなって思った。練習してもすぐに結果が出ないのが悔しくて、つい、感情的になって……」
「……私こそ、ごめん。もう少し言い方があったのに、押しつけがましかったよね」
二人の間にあった沈黙が、ふわりと解けた。
「でもね、私、やっぱり続けたい。負けたままじゃ、終われないから。心菜と、もう一回、ちゃんと向き合いたい」
愛花の目はまっすぐだった。昨日までの迷いが、そこにはなかった。
「うん……私も、もう一度、愛花と真剣にやりたい」
二人は自然と、畳の上に座った。
部室に広げられた札の世界は、まだ始まったばかり。
けれど、そこには確かな「本気」と「信頼」があった。
──そして、次の一枚が、また新たな想いを紡ぎ出す。
「大会……!」
愛花の声が少し震えていた。けれどそれは、怯えでも逃げ腰でもない。胸の奥で、熱く小さな種火がともったような……そんな響きだった。
「でも……私、まだ初心者だよ? そんな、いきなり大会なんて……」
戸惑いながらも、愛花は視線をそらさず、真っ直ぐに心菜を見ていた。心菜はその瞳を見つめ返しながら、力強く頷いた。
「うん、初心者でも関係ないよ。『出たい』って思った気持ちがあるなら、それだけで十分。練習だって、これから一緒にやればいい」
「……」
「私も、最初は怖かった。札を覚えるのに時間もかかったし、試合で負けてばかりだった。でもね、それでも続けてこれたのは――大好きな百人一首を、もっと知りたいって思ったから」
心菜の言葉が、まっすぐ愛花の胸に飛び込んできた。ふと、手元の札を見る。字のひとつひとつが、昨日よりも少しだけ、優しく微笑んでいるように見えた。
「……じゃあ」
愛花が、小さく息を吸い込んだ。
「私も、出てみたい。大会。――心菜と一緒に」
その瞬間、心菜の表情がぱっと花開くように明るくなった。
「うん、一緒に頑張ろう!」
畳の上で、2人の笑顔が交差する。
まだまだ技術も知識も足りない。でも、胸の中に芽生えた“挑戦したい”という気持ちは、どんな札よりも強く、何よりも大切だった。
大会までは、あとひと月。
2人の挑戦が、いま、始まる。
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