第18話:隠れた応援者

輝先輩への恋心を抱いてから、

私の日常は、ますます輝きを増していった。

食堂で隣に座ってくれた時の、

優しい眼差し。

「ライブ、見に来ねぇ?」

という誘いの言葉。

一つ一つの記憶が、

私の胸の中で、甘く、温かい光を放ち続ける。

夜空の月を見上げるたびに、

あの人の心を照らしたいという願いが募る。

「月の光みたいに、私の想いも…いつか、輝先輩に届くんやろか。」

そんな切ない願いが、胸に響く。


告白ソングの伴奏を聴くたびに、

胸の奥が締め付けられるように、

甘く、そして苦しい。

でも、この歌が、いつか彼に届くなら。

そんな淡い期待が、私を突き動かしていた。


「わかP」の活動も、変わらず続けていた。

「ふたりでなら」のバズり以降、

私のYouTubeチャンネルには、

たくさんのコメントが寄せられるようになった。

一つ一つ、丁寧に目を通すのが日課やった。

どのコメントも、私の歌を褒めてくれて、

温かい応援の言葉で溢れていた。

顔も知らん誰かが、私の歌を聴いてくれてる。

それが、私にとって、

どれだけ大きな支えになっているか。

学校で味わう孤独とは、真逆の温かさ。


そんなコメントの中に、

毎回、同じシンプルな固定ハンドルネームの人からの

応援メッセージがあることに気づいた。

そのユーザーは、いつも決まって、

新曲がアップロードされるとすぐにコメントをくれる。

内容はいつもシンプルで、

短く、でも的確に、私の歌を評価してくれていた。


最初は、「熱心なファンの方なんやな」

くらいにしか思ってへんかった。

でも、そのコメントは、毎回、必ず。

私の心の奥深くにある、

繊細な部分に触れてくるようやった。

『わかPさんの歌には、

いつも心を動かされます。

透明な歌声の中に、確かな感情を感じます。』

とか、

『この歌詞には、

深い孤独と、

それを乗り越えようとする光が見えます。』

とか。

まるで、私の内面を、

すべて見透かしているかのようなコメントやった。


特に印象的やったのは、

『「心の居場所」聴きました。

この歌が、誰かの心を温める光になると信じています。

…この声が、届くなら、どこまででも…』

というコメントやった。

私が、あの美術室で口ずさんだ歌詞の一節。

あの時、輝先輩がそこにいた。

まさか、彼がこのコメントを……?

そんなことは、ありえへん。

でも、もし本当にそうだったらどうしよう。

そんなこと考えたら、胸が痛いくらいに熱くなった。

一瞬だけ、胸がザワついた。

気のせいだ。そう自分に言い聞かせる。


和歌は、そのコメントが輝からのものだと知らずとも、

純粋な応援に喜びを感じる。

顔も名前も知らん誰かやけど、

こんなにも深く私の歌を理解してくれる人がいる。

そのことが、私にとって、

どれだけ心強いか。

学校で孤立している私にとって、

ネットの世界でのこの繋がりは、

唯一の、そして最高の心の拠り所やった。


その温かいメッセージに、

和歌は自分の音楽が誰かに届いていることを実感し、

創作への喜びをさらに深める。

「ありがとう……」

心の中で、何度も呟いた。

コメントの一つ一つが、

私の心をそっと包み込み、

「大丈夫だよ」と囁いてくれるようやった。

これで、また新しい歌が作れる。

そう思うと、創作意欲が湧き上がってくる。

私の言葉は、決して無駄じゃない。


学校で嫌なことがあった日も、

心が落ち込んだ日も、

そのコメントを読み返すだけで、

不思議と元気が出た。

まるで、見えない場所から、

誰かが私をそっと支えてくれているみたいに。

それは、私にとって、

何よりも確かな、光やった。


月島輝は、

毎日、欠かさず「わかP」のチャンネルをチェックしていた。

新曲がアップロードされると、すぐに再生する。

そして、誰よりも早く、コメントを書き込む。

もちろん、匿名で。

『わかPさんの新曲、待ってました。

今回も期待を裏切らないですね。』

『歌詞の一言一言が、心に刺さります。

本当に素晴らしい才能だと思います。』

俺が書き込むコメントは、いつもシンプルだ。

だが、その言葉には、

俺自身の偽りのない気持ちが込められていた。

指が、コメントを入力する直前で、一瞬だけ止まる。

そして、打ち込んだ後、画面を閉じて、

心臓を、ぎゅっと押さえた。

この秘密が、バレないように。


和歌が美術室で口ずさんでいた

「…この声が、届くなら、どこまででも…」

という歌詞の一節。

あの時、俺の耳に確かに残っていたフレーズだ。

「心の居場所」のコメントに、

その歌詞を引用した時、

和歌がどんな反応をするか、少しだけ期待した。

もちろん、気づくはずがない。

だが、俺だけが知る彼女の秘密を、

ほんの少しだけ、

匂わせたかったのかもしれない。

誰にも言えない優越感と、

微かな罪悪感が、心臓をくすぐる。


和歌が、自分のコメントを読んで、

どんな風に感じているのか。

どんな表情をしているのか。

想像するだけで、胸が高鳴る。

彼女の歌声は、俺にとって、

日々の活力になっていた。

特に、あの「告白ソング」の伴奏を聴いてからは、

その想いは、ますます募っていた。

俺の恋心が、和歌の歌声に共鳴している。


和歌の知らないところで、

輝は、見えない場所からの応援者として、

彼女の音楽活動を支え続けていた。

そのコメント一つ一つに、

彼自身の和歌への想いが、

ひそかに込められている。

いつか、この想いが、

彼女に届く日が来るのだろうか。

その時、彼女は、どんな顔をするのだろう。

そんな未来を想像して、

輝は、今日もまた、

「わかP」のチャンネルを開くのだった。

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